まどろみのなかに落ちていく
メンテナンス室に、無数のケーブルに繋がれたエレキマンがいた。
顎、肩、耳の後ろに繋がる無数のケーブルに、やっぱりエレキマンがロボットなんだと自覚する。
「エレキマン、寝てる……の?」
控えめに声をかけるも、反応がない。スリープモードになっているみたいだ。
ライト博士に用があったんだけど、どうやらここにはいないらしい。
起こしてしまうのも悪いし、さっさと部屋を出ようかとも思ったんだけど……目をつむるエレキマンに興味を惹かれ、私はエレキマンの目の前に座り込んでしまった。
呼吸を小さくしてじっとしていると、かすかにエレキマンの呼吸音が聞こえる。
人間と違って、ロボットの呼吸は機体の熱を吐き出す為の装置だ。
エレキマンが眠っているのをいいことに、私はここぞとばかりにエレキマンを見つめる。
ケーブルとエレキマンの体の中でどういうやりとりがされてるんだろう、と私は毎度不思議だ。
……思ったより睫長いな。なんか悔し。
仮面越しでもわかる端整な顔立ちが小憎たらしい。
ふにっ。
ほっぺたに触ると、不機嫌そうな瞳と目が合った。
「……なにをするんだ」
「あ、起こした? ごめん」
てへ、と笑ってみる。エレキマンが呆れたとばかりに表情をゆがめた。
「最初から目は覚めていた。返事をする気力がわかなかっただけだ」
「目起きてるけど体は起きてない、的な?」
「そんなところだな」
やめろ、と言われないので、私は頬を触り続ける。
火傷の治療などにも使われているという人工皮膚の感触は、人間のそれと変わりない。
「おい、どこを触ってる」
「どこって、唇」
「……お前な」
はあ、と呆れた溜息が指にかかった。
唇に人差し指を引っ掛けると、ピンク色の粘膜が見える。こういう、普通なら他人の目にも及ばないところまで精密に作られているのだからすごいと思う。
「嫌ならやめるよ?」
「まあ、気持ちいいのは事実だからな……ああ、変な意味じゃないぞ。ロボットはみんなこうなんだ」
「そうなの?」
「様々なセンサーが働いてる大事な場所だからな。顔の部分は刺激に敏感に作られてるんだ」
「……触っていいの、そんなとこ。嫌じゃないの?」
「別に構わない」
頬から離した手を、エレキマンの手が掴む。
顎から垂れ下がるコードを動かさないようにしながら、エレキマンの頬に手を誘導される。
「……人間だって頭を撫でられると安心するだろう」
エレキマンの頬がかすかに赤くなった。内部温度の上昇が人工皮膚に現れている――要するに照れてる。
それをごまかす為か、エレキマンは頭を傾げるように私の掌に頬を押し付けた。
目の前の無表情と、すりすりと頬で私の掌を撫でるしぐさがかみ合わない。思わず笑みがこぼれる。
「信用してくれてるんだ?」
「お前に殴りつけられたところで俺が壊れるはずがないしな」
「可愛くないなぁ」
「ふん」
それでも、エレキマンが私を受け入れてくれてるってことが嬉しい。
私の言葉が面白くなかったのか、エレキマンの手が私の頬に伸びてくる。
手袋越しの指が頬に当たる。
私もエレキマンの手の方に頭を傾け、されるがままになる。
「無防備なやつだな……」
エレキマンは呆れたように呟いた。
職務上常に気を張り詰めているエレキマンにとって、無警戒とは怠慢の証なのかもしれない。ちょっと不機嫌そうだ。自分だって緊張解いてるくせに。
「俺にはともかく、他のやつにはさせるなよ。よからぬ誤解をされる」
「心配しないでも、エレキマンぐらいにしかしないし、させないよ」
「それならいいんだが……」
「んー」
エレキマンはまだむっとしている。
どうやら私は、結構信頼されてないらしい。悲しいことだ。私がそう簡単に他人に身体を触らせると思っているのか、このロボットは。
ちょっとむかつくなあ。
「信頼してる人にしか、こんなこと許さないよ」
私は一般より警戒心が強いらしい。見ず知らずの人間に肌は触られたくない。そして、多分それはエレキマンもそうだ。
私の言葉にすこし面食らっていたエレキマンは、やがてふ……と目を細めた。
その笑みが心地いい。
「それなら、いい」
「ん」
お母さんの腕の中に還ったみたいな安心感。
この人なら、平気。寝顔さらしてもひどいことしない。この絶対的な信頼がなければ、無防備に目をつむったりは出来ない。
「……眠くなってきた」
「寝るならちゃんと部屋でな。こんなところで寝たら風邪を引く」
「んー……」
「おい、聞こえてるか?」
「眠い、膝かして」
「ちょっと待て。もうメンテナンスが終了するから、そうしたら部屋まで送っていく」
「んー」
エレキマンに繋がれたケーブルの先の機械が電子音を鳴らす。エレキマンがケーブルを外し始めた。
顎、肩、背中に繋がる無数のケーブルは外すだけでも時間がかかりそうだ。
手伝った方がいいのか……そう頭では考えるけど、行動にならない。身体に力が入らない。
瞼が重くて、頭がふらふらする。
「終わった。ほら、立て」
エレキマンが立ち上がる。
「……ったく」
一向に立ち上がらない私にじれたのか、エレキマンが私の両脇に手を差し込んで、無理矢理立ち上がらせる。これじゃほんとに子供みたいじゃないか、私。
そうは理解していても、もう身体に力が入らない。バランスを崩して私はエレキマンにもたれかかった。
「ほら、行くぞ。……そういえば、なにしにここに来たんだお前」
「えぇと……なんだっけ……」
「まったく……」
こりゃだめだ。そう言いたげにエレキマンが眉間に手をやった。
いい加減眠い。部屋まではなんとか意識を保たせたかったけど、それもかなわない。
エレキマンに申し訳ないと思いつつも、私はそのまま意識の底へ沈んでいった。
***
胸にかかる重さが増す。どうしたのかと下を見ると、が完璧に眠っていた。
背中から床に倒れそうになる彼女の腰に手を回す。危うく取りこぼしそうになってしまったが、どうにか支えられた。
世話のかかるやつだ。
「おい、おきろ」
頬をぺちぺちと叩いてみるものの、反応がない。
……どうやら本格的に眠っているようだ。寝不足だったのか、こいつは?
この場で寝られても困るので、仕方なしにを抱き上げ、部屋まで連れて行く。
女の部屋に入る……という事実に対して、すこしの緊張と羞恥がわきあがってきたが、状況が状況だから仕方ない。
ベッドに寝かせ、上から毛布をかける。
「んぅ、ふー」
肩までかけてやると、彼女は毛布にもぐりこんだ。鼻から先だけが毛布の外に露出する。
幸せそうな寝顔だが、時たま半目になったり、だらしなく口を開けたりして間抜けなことこの上ない。
思わずまじまじと見てしまう。声に出して笑いたくなったが、万が一起こしてしまったらは怒るに違いない。
「……ふ」
堪えきれずに笑みがもれた。
まったく無防備なことだ。
なにされても起きないんじゃないか? 危険だ……。ちょっとした危惧感を抱くものの、悪い気はしない。
いい気分で夢の世界に行っているであろうの頭を撫でる。
すこし寝顔を見たり、頭を撫でるぐらいなら構うまい。ここまで運んできた駄賃というやつだ。
指からこぼれる髪で遊んでいると、彼女に手を掴まれる。そのまま頬に擦り付けられた。
……それにしても幸せそうで、なにより間抜けだ。
「ゆっくり休め、」
手を掴む指をそっと外す。最後に頭をひとなでして、俺は部屋を出た。
扉を閉める直前聞こえた、ろれつの回っていない「おやすみなさい」にまた笑みがこぼれた。
2010/06/09:久遠晶
ただたんにエレキマンのほっぺたをぷにぷにしたかった。
単純に仲良すぎる親友なのか無自覚恋心なのかは脳内補完でお願いします。
「俺以外に不用意に触るなよ」ときわどい台詞を純粋にヒロインを心配して言うエレキマンも無自覚に嫉妬して言うエレキマンもどっちも萌えます。