マクガフィンの人形ケーキ


 いつもより早く仕事を終えてライト博士の家に戻った。
 玄関で待っていると、いつもならが笑顔で出迎えてくれる。しかし今日はそれがなかった。
 それがなんとなくすわりが悪くて、俺はを探してメンテナンスルームへと向かった。

 メンテナンスルームに入ると、作業台に向き合ってイスに座るの背中が見えた。声をかけようとして、なにやら作業中と気付き言葉を止めた。
 ぎこちなく動く手に針が見える。の周囲を見てみれば、本来ロボットを寝かす為の作業台には針と布地が散乱していた。
 作業台にちょこんと座る、手作りだろう首を傾げた青い人形と目があう。首が傾いているのは、単純に縫い止め方が甘いからだ。縫い目からいくつもの糸が飛び出しているのがとても気になる。裁縫としての出来はともかくとして、人形のモチーフがなんなのかはとりあえず、わかる。

「ロックマンか」
「うえぃっ!?」

 完成済みらしい青い人形を眺めつつ後ろから声を掛けると、はたいそう驚いたようだった。指に針を刺しそうな勢いに肩が揺れたのですこし心配になる。
 はイスを回して俺と向き合うと、頬を赤らめて困ったような顔で俺を見上げた。

「エ、レキマン……帰ってたの?」
「早めに仕事が終わったんでな。で、なんでまたそんなモノを作ってるんだ?」
「親戚の子がロックマンのファンでね。誕生日に作ってくれって頼まれたのよ」
「なるほどな」

 思わず、すこしだけ頬が緩む。
 不器用なが自分で裁縫をするなどただ事ではない。だがそういう理由なら納得する。
 作業台に手をついて寄りかかりながら、の手の中の人形に視線を落とす。は赤と黒の人型の土台に、黒いフェルトを縫い付けていたところだったようだ。

「これは……俺、か?」
「あ、うん……なんか恥ずかしいな。あまり見ないでよ」
「いや、似てる。よく特徴を捉えているんじゃないか」
「そりゃ、デフォルメしやすい顔してるもの」

 照れたように笑って、は俺のヘルメットからのびるアンテナに視線を移した。

「ライト博士は子供心も忘れない人よね。あの人が評価されているのは、技術と発想力もそうだけど、このデザインセンスもあると思う」

 だけど、それもあの人の才能と努力の片鱗でしかないのよね――そう呟きながら、はうっとりしたように手の中の俺の人形を撫でた。
 には悪気はない。それは理解しているが、なんとなく面白くないのも事実だ。

「その言葉に、俺は喜んでいいのか?」
「え?」
「博士が褒められたこと以外に、もうひとつ」

 首を傾げたは、俺の感情を読み取るとふっ、と口元をほころばせる。
 の笑みは穏やかだ。つぼみがゆっくりと花開く瞬間のように優しく穏やかで、俺は何故だか口からの排気を止めてしまう。

「エレキマン、あなただってとっても素敵よ? それはライト博士の産み出したロボットだからとかそんな理由じゃなくて、あなたにしかないあなた自身としての魅力」

 はイスから立ち上がると、俺のヘルメットに手を伸ばした。
 その指に誘われるように、俺はすこしだけとの距離と縮める。

「今日もお仕事お疲れさま」

 こんな目をどこかで見た。
 夕方、買い物帰りに子供と手を繋いで帰路につく母親の目。以前すれ違った親子。子供のたわいない話しを聞きながら微笑む母親。それは、のような目をしていた。

「だけど、あんまり根を詰めすぎないでね」

 その言葉は、よくわからない。それは人間に対して使う言葉だ。
 俺は働く為に――人間の役に立つ為に生まれたロボットなのだから、そんなことを言う必要はないはずだ。

 人間とロボットの差なのだろうか。
 俺より背が低くても、俺より知能レベルが低くても、はいつだって俺より上にいる気がする。
 表面上は俺を見上げていても、もっと奥、本質の部分で。
 俺は決してに叶わない気がするのだ。
 どれだけ俺が年数を経ても、ロボットの年季と人間の成長は違うということなのか。はいつだって俺の頭を撫でるのだ。
 子供の頃はは椅子に乗り俺をかがませて。すこし成長したころは思いっきり背伸びをして。
 そして今は、ほんのすこしの背伸びで俺の頭に手が届く。

 人間の変化は本当に早い――と、毎日のように感動させられる。

 とは言え、いつも通りに一日の仕事を労ってもらえた工業用ロボットとしては、本質的な上下関係だの変化だの成長だのはさしたる問題ではない。
 問題ではないので、枝葉に逸れた話は幹へと戻る。
 が持っている、まだ作成中の俺の人形を指でつまむ。

「何故俺だ?」
「え?」
「平和の象徴のロックマンを作ってくれと頼まれるのはわかるんだが、なんで俺もなんだ」
「えー、いや、ほら。あなた達の廃棄決定の直後、メタルマン達が都市で暴れた時にあなた達も街を守ってくれたじゃない。親戚の子は、その街に住んでるから」
「あの時俺はアイスマンとともにワイリー基地にもぐりこんでいたから、俺も戦ってたなんてニュース見てないとわからないと思うぞ」
「だからきっとニュースを見てたのよ」
「当時は街の復興でテレビどころじゃなかったと思うが」
「あ~っっと……」

 は助けを求めるように視線をさ迷わせた。人差し指を宙にくるくると円を描いている。
 言いづらいことを追求され困った時の癖は昔から変わらない。

「えーと、そう。ロックマンの人形作ってたら裁縫に目覚めちゃってー、これを期にライトナンバーズ全員ぬいぐるみにしてみようかなー? って」

 子供に頼まれて俺を作っていた――そんなニュアンスのことを言っていた気がするのだが。
 それが本心ではない、とはありありとわかる。一理あるのだろうが、それが根本の理由ではないと断言できる。『裁縫に目覚めた』が本当の理由ならば、子供に頼まれたとわざわざ嘘をつく必要がないからだ。
 だが何故本当のことを言わないのだろう?
 俺の人形を作る理由に嘘をつく必要性が感じられないのだが……。

「……じゃ何故俺が最初なんだ?」
「へ?」
「ナンバーの順番から言えば俺じゃなくてロールかカットマンだろう」
「いや、それは」
「物事は順番どおりに進めねば気がすまないお前が、なんとなくで最後期の俺から作り始めるはずがない」
「うん、えーっと」
「たまたまカットマンの色がなかったと言っても、そこに十分赤のフェルトはあるだろう」

 言い訳を先回りして潰す。
 の目があちこちを泳ぐが、そこは何年も付き合いがある俺だ。の思考の流れなど手にとるようにわかる。

「で、何故だ?」
「う……っと……」

 は窺うように俺を見上げた。人差し指の動きが円形から小刻みに上下させる動きに変わっている。心底必死に頭を回転させている時の動きだ。
 よっぽど言いわけに困窮しているらしい。もう諦めて引いてやるかとも思ったが、好奇心にはかなわない。
 人間を優先し、気遣い、困らせるようなことはしない――基本的な行動理念としてプログラムされている本能は、俺の場合が相手だと麻痺してしまうらしい。

「べ……つに、エレキマンには関係ないでしょ」
「そうか? 自分の人形が作成される理由を知りたいというのは、まっとうなことだと思うが」
「う」
「な?」
「……そんなに聞きたいの?」
「ああ。お前さえよければ、教えてくれ」

 頼み込むような口調で言ってみる。 
 案の定、は困ったように視線を逸らした。
 考えあぐねているらしく、喉の奥でうなる音が聞こえてくる。
 いつもならコレで折れるのだが……珍しいな。そんなに知られたくないことなのか。

「わかった。言いたくないならいい。親戚の子にあげるのであれば、確かに俺には関係のない話だしな」
「え、あ、いや……」

 立ち上がった俺の指を掴んでが俺をとめる。
 縋りつくような目をしているが……なんで俺がそんな目をされなきゃいけないのかわからない。
 心なしかの頬が赤いが、なんで恥ずかしがっているのかも意味不明だ。

「……誕生日だから」
「は? 誰の」

 親戚の子の誕生日か? しかし今までの会話からして親戚の子の為ではないはずだ。
 誕生日前になると騒ぐロールたちが騒いでいないから、博士の誕生日でもない。

「わたしの誕生日だから!」
「……どういうことだ。意図が見えないんだが」
「ちょっと頑張ってる自分にご褒美、的な? 最近頭使う仕事ばっかりだったから、こうして無心に指を動かしたいとか? そういうことなのっ!!」
「いや、だから、なんで俺なんだ」
「っ!!」

 言いよどんだは、じと目で俺を見た。ひそめられた眉といい、不機嫌になったのがありありとわかる。
 不機嫌にさせたのは俺なのだろうが、いまいちの沸点がわからない。

「みなまで言わせんな!! 馬鹿ッ!!」

 聴覚センサーが音割れを起こすほどの大音量。
 言葉をノイズキャンセラーにかけて再生し、ようやっとがなにを言ったのかを理解する。
 だが、言葉を理解出来てもの意図を理解するまでには至らない。

 あっけに取られて硬直する俺をもう一度だけねめつけて、はふんと顎を上げて俺から顔ごと視線を逸らした。その横顔が赤い。

 そのままは立ち上がって、メンテナンスルームから出て行ってしまった。
 ……待て、放置された作りかけの人形はどうすればいいんだ。

 なんなんだ、一体。の考えもすべて把握した気になっていたが、当然ながらそんなことはない――それを突き付けられた気分だ。
 に隠し事をされたのは初めてのような気がする。ももう大人か。いや、大人だな。……大人だ、うん。俺が昔と同じように扱っていただけで。そういうことなのだろう。
 人間は年月で身長も変われば立場も精神構造も変わっていく。人間とロボットが違う存在なのだと、改めて気付かされる。

 一人だけ物静かなメンテナンスルームに取り残され、俺は途方に暮れた。
「博士~試作品作ってみたんですけど……ってあら、エレキマン帰ってたの。と博士は?」
「……なんだそのケーキは」

 ノックもなしにメンテナンスルームへ入ってきたロールは、手にケーキの一切れを持っている。イチゴと生クリームがふんだんにあしらわれたショートケーキだ。

「だって、もうすぐ誕生日じゃない。ケーキの試食を博士に頼もうと思って」
「……もしかしてか」
「うん、の誕生日。あと一週間後よ?」

 確かに、俺の記憶メモリーにもそう記憶されている。
 ロールは俺を見ると、はあ、とあからさまなため息をついた。

「エレキマン……あなた、もしかして忘れてたの? の誕生日。毎度毎度よくやるわねー。いい加減覚えなさいよ」
「……言い訳のようだが、家庭用ロボットと違って工業用ロボットの日付の概念は薄くてな。何しろ曜日も休日も関係なく仕事なのが通常なんだ」
「その様子じゃ誕生日プレゼントもなにも考えてないわね? まったく……」

 ロールが呆れながら作業台の上にケーキを置いて、そこでようやく俺の手の中の人形に気付いた。

「おい、言っとくが自分で自分の人形を作っていたわけじゃないぞ」
「知ってる。が作ってるやつでしょう? でもどうしてエレキマンが持ってるの」
「なんで俺の人形を作っているのか聞いたら、顔を真っ赤にして出て行った」
「あらら……」

 ロールは苦笑した。

「どうすればいいと思う、この人形。自分の誕生日だから気晴らしに作ってたとか言ってたんだが……あの様子じゃ、今渡しに行ってもとりあってくれそうにない」
「うーん、の性格上、返してももう完成させないと思うけど……あ!」

 ぽんと手を打つロール。得心が行ったようだった。

「エレキマン、その人形ちゃんと完成させなよ。それが誕生日プレゼント。ね、いいでしょ」
「おっ俺が裁縫!?」

 しかもよりにもよって、自分の人形を!?

 思わず大きな声が出る。
 冗談じゃない。工業用ロボットにそんな仕事ができるかとは言わないが――俺は誰よりも精密に作られたロボットなのだから――だが、それはあまりにも恥ずかしい……!

「だって、あなたが下手につつかなかったらは自力でその人形を完成させてたのよ?」
「だが、お前だって自分の人形が作られてたら疑問に思うだろ? 聞いただけだぞ、俺は」
「まあそりゃそうだけど。……は運が悪かったわね。いや、いいのかな」
「? 意味がわからん」
「私もよくわかんない! けど、エレキマンがその人形をプレゼントしてあげれば、絶対には喜ぶわ」
「そう……なんだろうか」
「ええ。誰だって好きな人からプレゼントもらったら嬉しいし、それが自分の為だけに手作りしてくれたものだったらとても嬉しいわ」

 それは私たちロボットだって同じでしょう? 人間もそうだから。
 ロールはそう言って笑う。

「自分が作ってたやつの続きってのもアレだけどね。だけど、裏を返せば確実にが欲しがるものよ?」

 好きなヤツからのプレゼントは誰だって嬉しい。その通りだ。気遣いというものは無言でも染み渡ってくるものだし、それが形あるモノとなればなおさらだ。

「あ、博士にケーキ見てもらうの忘れてた! そんじゃ、私は博士呼びに行ってくる。プレゼントの件、考えといてね! 多分それが一番が喜ぶと思うから」

 ロールは博士を探しにメンテナンスルームを出て行った。
 その背中を見送って、俺は溜息をひとつこぼす。
 手の中の俺の人形に視線を落とすと、縫い付けられた瞳が俺を見つめ返してくる。傾いた頭が、「どうするんだ?」と俺に問いかけられているかのようだ。

「なんでったって、がこんなもんを作ってるんだろうな」

 誰かに譲る目的でもなく、自分の為に。俺の人形を。
 ロックやロールではなく、まっさきに俺の人形を。
 ……わからない。 
 俺の人形を作る理由も意味も必要性も、なにもかもがわからない。

 ふとショートケーキが気になった。ロールが誕生日にに作るプレゼントの試作型だ。
 興味がわいて、俺は一緒にあった銀フォークでほんのすこしだけ、ケーキを削った。
 フォークに申し訳程度に乗っかったそれに舌を伸ばして、ぺろりと舐める。
 味はしない。
 ロボットの味覚センサーは人間のそれと著しく異なる。人工声帯による発声とE缶やネジによるエネルギー供給を目的としたその器官に、人間の食物を入れても意味がない。かろうじて生クリームのぬるりとした感触はあるものの、それだけだ。
 近くにあったティッシュに、口に含んだケーキを吐き出す。生クリームのぬめりが舌から離れず、俺は眉をしかめた。

 その後ロールと共にやってきたライト博士がケーキを試食し(一口食べたと言ったら驚かれた)、うまそうに頬張る様子を見ながら、俺の頭に浮かんでいたのは食事をする時の笑顔だった。
 俺に人間用の食事のうまさは理解できない。が俺の人形を作ろうとしていた意味もわからない。

 だが。

「ロール」
「なに?」
「裁縫とケーキの作り方、教えてくれないか」

 が喜んでくれるのであれば、やらない理由はないように思えた。
 俺にとっては無価値のケーキも人形も、が喜ぶならそれはきっと価値あるものだ。


 まずは、傾いた人形の首を直すところからだな。作業台に置かれた裁縫道具を見て俺は笑った。





2012/1/23:久遠晶
2013/1/6:改行や若干の文章の修正。