かわいい人ほどいじめたい?
ベッドに沈む柔らかいカラダに覆いかぶさって抱き締めると、彼女がかすかに身震いをした。
レプリロイドにはないしなやかさにため息を吐いて、私は腕に力を込めていく。力をいれた分だけくたりと密着して、彼女の鼓動をじかに感じる。
彼女の研究室兼自室には私と彼女以外誰もいない。だから、一目を気にせずふれあえるし、彼女の呼吸の音まで聞こえる。
陶酔だ。
まさしく酩酊だ。
ダークエルフの力に魅入られた時と似た、だがまるで違う心地のいい酔い。
自分の感情に戸惑いを感じていた時期は過ぎ去って、わたしは彼女に酔っている。
触り心地のいい小さなカラダが好きだ。触れると戸惑ったように強張る肩も、そこから腰までのなだらかな輪郭も、頭の頂きから爪先まで、彼女のカラダで嫌いな場所などない。
カラダを離すと、隙間が空いてしまう代わりに彼女の目を見ることができる。
かすかに染まる頬は人工皮膚ではなく、瞳もアイセンサーではない。彼女の瞳の虹彩がわたしだけを見ていると思うと、それだけで胸が満たされる。
その瞳に吸い込まれるように目を閉じた。
「レプリロイドと人間の恋愛感情の発展性について、ちょっと考えてみたのよ」
キスする直前そう言われ、わたしは動きを止めていた。
「……はぁ」
「つまり、人間と人間が恋するのと、レプリロイドとレプリロイドが恋するのと、レプリロイドと人間が恋するのと。この三つはまったく違うでしょう?」
「そうですね」
気のはいらない相槌をうつ。
彼女の話題に興味があるかないかで言えば、ある。
だがキスの寸前で水を差され、もしかせずともわたしはすこし気分を害していた。
わずかに眉をしかめるわたしに気づいているのかいないのか、彼女は指先をくるくると動かしながら話を続ける。
「猫は人間と暮らすうち、同族ではなく人間に求愛行動をする。カエルはメカニロイドのカエルに求愛行動をし、女性ホルモンを投与したオスのマウスはオスに求愛行動をする」
「はい」
「人間とレプリロイドだけがよく似たふたつの存在を区別する。その結果として人間は人間に惚れるモノだし、レプリロイドに芽生える恋愛感情は珍しい」
「でも、今少しずつ恋をするレプリロイドが増えています。人間に対してでも、レプリロイドに対してでも」
「人間のベビーブームもそうだけど、余裕ができたのでしょうね」
彼女は遠慮がちに笑った。
わたしが彼女の思いにきちんと向き合えるようになったのも、バイルとの一件が終わってからだった。
それまではネオ・アルカディアのことや、自分のことに必死で、他に目を向ける余裕などなかった。
彼女はその間、寡黙にわたしを支え、そして待っていてくれた。
自然に頬が緩む。自分が誰かに愛される資格はあるのだろうか……幾度となく考えた悩みに答えを出すより、目の前のこの人と向き合いたい。
「レプリロイドを好きになる人間も増えていますね」
「理性的に人間とレプリロイドを判断し、種の存続の為に人間に惚れていた人間がレプリロイドに恋をするようになった。これって進化かしら、退化かしら?」
「レプリロイドの恋人を持つさんは、どうお考えで?」
前半部分を強調すると、彼女は息をつまらせた。
交際してから年月は経ったが、いまだ彼女は恋人という言葉に慣れないらしい。普段はネオアルカディアの復興に忙しく二人きりの時間も少ないから、仕方ないだろう。
彼女は逡巡し、それから思考を言葉に乗せる。
「生物学的な危機ではある。このまま人間がレプリロイドに恋するようになっていったら、徐々に人間は減っていく。それは、おそらくレプリロイドにとっても――っ」
「はい」
くびれの輪郭をたどると、彼女はうめきながら息を吐き出した。
戸惑いがちにわたしの手を掴む指先が、言外にやめてくれと伝えている。彼女の意志に気付かないふりをして、むき出しの首筋に唇を押し付ける。
レプリロイドは子を成せない。製造することは出来ても孕むことは出来ないし、生殖器もない。だとすれば肌と肌の触れ合いに意味はない。
それでも彼女との肉体接触を求めてしまうのは何故なのだろう。――いや、だからこそ、なのだろうか。
「あぁ、ちゃんと聞いていますよ。続きをどうぞ」
「ふざけないでよ、まったく」
身体をよじりながら、彼女は不機嫌そうに眉をひそめた。その頬はかすかに赤い。
唇に唇を寄せようとすると、指でガードされてしまった。
「あいにくだけど……私、もう唇乾燥してないから」
「水でぬらすと余計乾燥するんですよね。覚えてます」
顔をそらして逃げようとするのを、両手で頭を掴んで無理やり止める。
逃げようとする身体を抱きしめて押さえつけると、彼女は身をかたくした。レプリロイドの手も腕力も、人間の女性の力では抵抗出来ない。
あせったようにさまよう視線がかわいいと思った。
嫌悪を示すのではなく逃げようとするところが可愛くて、また嬉しい。だって彼女の抵抗は本気のものではないのだ。
「あっ……そうそう。話の続きね。えぇと……そう、学術的に言うのであれば問題があると言わざるを得ない。そして、理性的にもそれはおそらく理にかなっていなくて、レプリロイドとの恋愛の将来性は皆無で、それで――」
「いいかげんうるさいですよ、
」
唇に触れると彼女がひゅっと息をのんだ。
両手で頭を固定させて彼女が重くない程度にのしかかると、彼女の反応が全身から伝わってくる。
あなたはただ黙っていればいいんです――なんて言えば、女性差別だの人間差別だの、彼女が思いつく限りの言葉で理屈っぽく反論されるのだろう。
今まさに彼女はわたしの行為をやめさせるにたる理由と論理を脳内から探し出しているのだろうけど、胸を押してのかすかな抵抗が弱くなっていることはごまかしようがない。
鼻から漏れる彼女の吐息が甘くなっていくのが心地よくて、明日怒られるだろうなとはわかっているのだけど、それでもわたしはこの行為を止められない。
だって、本気で嫌がってはないんですもん。ねぇ?
2012/2/14:久遠晶