聖なる夜に穢れなき誓いを

自室である司令室のドアを開けたエルピスは目を瞬かせた。
光沢のある床と、コンピューターを取り込んだ机に無機質な椅子、衣服を入れる長方形のロッカー。ここまではいい。だが何者かの諸行が、事務的で殺風景な部屋にかつてない変化を与えていた。
剥き出しのパイプの間を繋ぐようにして下がったコードには発光体を入れた幾つかのガラス球が付けられ、それぞれ色とデザインの違う小綺麗な端切れに包まれている。点滅する度にささやかだが無幻的な光を放った。簡易ベッドの隣に置かれた木の模型には弾丸やボルトの他に金属の破片が飾られ、冷たく幻想的にガラス球の輝きを反射した。
記憶と知識の回路を辿ってみても、これに当てはまる情報は弾き出されない。理解できない光景をエルピスは一言で表した。


「一体何ですか、これは……」


嫌がらせの類いか、と思いつつドアを閉める。机の方に歩み寄ると、椅子に腰掛けて肘を付いた。コンピューターの液晶が自分の顔と部屋の光を映す。
エルピスはあまり広くない部屋を見回しながら想像を巡らせた。端切れに包まれたガラス球は何のためだろう。わざわざ違うものでくるむのは何か意味があるのか。貴重な資源をこんな無駄な使い方をしていいのか。それとも新手の防犯対策なのか。ベッドの隣に置いてある木の模型もよく分からない。あるだけで邪魔なのに加え、何故か凄まじい武器の再利用の仕方をしている。
一体この有り様は何なのか。だがいくら考えても分からない。人間でいう頭痛のようなものを感じながら、エルピスは俯くと肘をついている方の手で頭を押さえた。
刹那、遠慮がちなノックの音が響く。エルピスはすっと姿勢を正してから「どうぞ」と入室の許可をした。


「し、失礼します……」


ややあってドアを開けたのはレジスタンス内で雑用をこなす量産型レプリロイドだった。オイルの入ったティーカップにミルクと砂糖、それとマドラーを乗せたトレーを持ったままドアを閉める。司令官に向き直ると、彼は緊張気味に言った。


「えっと、あの、シエルさんがさんに、エルピスさんにこれを届けるよう頼まれたらしいのですが、さんも急用が出来てしまったらしいので、近くにいた自分に用を頼まれました。なので自分がこれをお持ちしました」


「これ」というのはトレーの上に乗ったオイルその他だろう。ドアの前にいる量産型レプリロイドは自分の持っているものをどう形容すればよいか分からないらしい。確かにあのエルピス司令官に暖かいオイルにミルクと砂糖をいれて飲むのを楽しむような、人間の真似事の趣味があるとは想像しなかっただろう。
訳の分からない部屋に突然の差し入れ。立て続けに起こる理解できない事態に突っ込みが追いつかなかった。というか、なんでシエルさんが持ってこないのか。
言いたいことは色々あったが、今は自分の言葉に何も答えない司令官に緊張で表情が固まっている、この量産型レプリロイドの不安を取り除いてやらなくてはいけなかった。エルピスは優雅に笑って告げた。


「ええ。ありがとうございます。
よろしければこちらへ来て少し話でもしませんか?幾つか聞きたいことがあるので」

「え、ええっ!?よ、よろしいので?」

「はい。是非いらして下さい」

「あ、ありがとうございます……」


ぎこちない表情と動きで、雑用係のレプリロイドはエルピスの元へトレーを運んだ。彼が机の邪魔にならないところにトレーを置くと、エルピスは部下に尋ねた。


「何なのでしょうね、この状態は」

「あれ、エルピスさんご存知なかったのですか?」


自分の知らないことを一介の部下が知っている。
認めたくない劣等感を押し殺しつつ、エルピスは部下を見つめながら完璧な笑顔で聞いた。


「何をですか?」

「今日はクリスマスなんです」

「クリスマス?」


メモリーの中にない言葉に怪訝そうな表情をすると、雑用係の量産型レプリロイドは憧れの相手に自分が知っていることを教える、光栄な喜びをたたえた表情で話しはじめた。


「昔の人間のイエスという神様が、「神の子が人となって生まれて来たこと」を綺麗な飾りをつけて祝う日らしいです。あとクリスマスツリーという木の模型の下に大切な人への贈り物を置く「愛の日」でもあるって聞きました。
そういう日だから、エルピスさんの部屋もシエルさんとさんが飾られたみたいです。だからいつもと少し違うんです」


頭では分かるがあまり興味が持てない説明だった。だがシエルが飾ってくれたというのは嬉しいし、がそれを手伝ったというのは意外だった。暖かいオイルにミルクと砂糖を入れながら、エルピスは唯一引っかかったことを部下に尋ねた。


「聞きました、ということはあなたもどなたかに教えてもらったのですか?」

「はい、シエルさんとさんが教えてくれました」

「……羨ましい」

「え?」


はっとしたエルピスは、二人の人間を同列に考えているような発言を心の中で痛烈に戸惑いながら、部下には優しい笑顔を見せて落ち着いた声で告げた。


「いえ、何でもありません。
素敵なものを運んできてくれてありがとうございました。では、大変でしょうが業務を頑張って下さい」


司令官の言葉に、彼は表情を輝かせた。
敬礼しながら礼と別れの言葉を述べる。

「いいえ!こちらこそお話できて本当に光栄でした!では、失礼します!」


くるりと背を向けてドアの方まで歩み寄った量産型レプリロイドは、開けようとして振り返った。


「あとクリスマスは欲しいものをお願いすると、木の模型の下でそれがもらえるかもしれない、って日でもあるらしいですよ」


この話題で一番興味が持てる内容に、エルピスはマドラーへ伸ばした手を止めた。


「欲しいもの、ですか……」


エルピスは何かを考えるような顔をした。この男は物事を考える時、顔に影を落とすことがある。真剣にそれを考えるほどその影は濃くなった。
頼れる司令官の顔しか知らない量産型レプリロイドは、自分が何か悪いことを言ったかと内心不安になった。だがその不安は司令官の優しい笑顔が拭い去ってくれた。


「だとすればわたしの願いは叶いました。丁度喉を潤したかったので」


エルピスの言葉と表情に顔を輝かせた雑用係のレプリロイドは、嬉しそうに言った。


「それなら光栄です。では、今度こそ失礼します」


ドアが閉まり、部下の足音が去るのを待って、エルピスはマドラーでミルクと砂糖の入った暖かいオイルをかき混ぜた。カップとマドラーの触れ合う音が響く。


「欲しいもの、ですか……」


先ほどの言葉を繰り返し、笑う。
声音には僅かな憂いがあった。底を映すほど透き通っていたオイルはミルクと混ざり白く濁っていた。


「本当に欲しいものなら誰かに願ったりせず自分で勝ち取るものだと思いますがね」


言いながら、マドラーをカップから抜く。一滴の雫が垂れてカップの中に波紋を作った。トレーの上にそれを置き、椅子ごと振り返ってツリーを見つめた。飾られた金属は、相変わらず発光体を入れたガラス球の光を冷たく幻想的に反射している。その輝きに忌々しいものを覚えながら、エルピスは木の模型に背を向けた。


(わたしは「エルピス」だ。ただの量産型とは違う。希望の光は責任を持ってみんなを導かなくてはいけない)


エルピスは優雅な手つきでティーカップの取っ手に指をかけ、目の高さまで上げると呟いた。



「レプリロイドに、明るい未来を」



それは願いではなく、言葉が示すものを己で勝ち取ってみせるという誓いだった。
エルピスは勝利の杯をあおる思いでティーカップに口を付けた。








2010/12/27:憂哉さまからいただきました!!

 …………きったああああ!!!!

 えー、憂哉さま、ほんとうにありがとうございます。萌えました。最高でした。萌えました。
 まさか誕生日プレゼントにこんな素敵なものをいただけるなんて思ってもいませんでした。萌えました。

 小説のところどころに垣間見える、憂哉さまの言語チョイスが素敵です。「何者かの所業か」「凄まじい武器の再利用の仕方」とかね! こういう言い回し、好きです。すごく。

 それにしたってこのエルピスさんの味覚には驚かされます。オイルに砂糖とミルクっておいしいんでしょうか。
 憂哉さまと直接会ってSSをいただいたわけなのですが、「ロクゼロの時代だと多分砂糖もミルクも貴重だよね。どうしようこの小説のエルピスすごい無駄遣いしてる(笑)」との憂哉さまのお言葉に爆笑。そういうことは言ってはお終いです。


「なんでシエルさんが持ってこないのか」とか「羨ましい……」とか、いちいちエルピスが可愛いです。エルピスさんはシエルさんが好きだからね、でもさりげなく夢主のこともおなじように考えているあたり、夢仕様となっておりますね。痛烈に戸惑うエルピスさんが可愛いです。



「レプリロイドに、明るい未来を」ってね!
 タイトルの「聖なる夜に穢れなき誓いを」にあま~いものを想像した方は私と友達です。

 どうやらこのSSは正義の一撃作戦の前の話のようですね。ゼロさんが戻ってくる前の話だったらいいなぁ……という妄想。

 「勝利の杯をあおる思いで」まあ、この後盛大に負けるんですけどね。
 ああもうエルピスさんかわいいなあチクショウ! 私、エルピスさんの魅力はあの全力投球で行った負けプレイにもあると思います。


 憂哉さん、本当にありがとうございました。
 他にもたくさん感想はあるのですが、この場ではこれぐらいで締めさせていただきます。いやー、萌えた。違う、萌える。過去形じゃなくてね、現在進行形で萌えてます。
 本当にありがとうございました。
 これからもよろしくお願いいたします。
 
 …………きったああああ!!!!

 えー、憂哉さま、ほんとうにありがとうございます。萌えました。最高でした。萌えました。
 まさか誕生日プレゼントにこんな素敵なものをいただけるなんて思ってもいませんでした。萌えました。

 小説のところどころに垣間見える、憂哉さまの言語チョイスが素敵です。「何者かの所業か」「凄まじい武器の再利用の仕方」とかね! こういう言い回し、好きです。すごく。

 それにしたってこのエルピスさんの味覚には驚かされます。オイルに砂糖とミルクっておいしいんでしょうか。
 憂哉さまと直接会ってSSをいただいたわけなのですが、「ロクゼロの時代だと多分砂糖もミルクも貴重だよね。どうしようこの小説のエルピスすごい無駄遣いしてる(笑)」との憂哉さまのお言葉に爆笑。そういうことは言ってはお終いです。


「なんでシエルさんが持ってこないのか」とか「羨ましい……」とか、いちいちエルピスが可愛いです。エルピスさんはシエルさんが好きだからね、でもさりげなく夢主のこともおなじように考えているあたり、夢仕様となっておりますね。痛烈に戸惑うエルピスさんが可愛いです。



「レプリロイドに、明るい未来を」ってね!
 タイトルの「聖なる夜に穢れなき誓いを」にあま~いものを想像した方は私と友達です。

 どうやらこのSSは正義の一撃作戦の前の話のようですね。ゼロさんが戻ってくる前の話だったらいいなぁ……という妄想。

 「勝利の杯をあおる思いで」まあ、この後盛大に負けるんですけどね。
 ああもうエルピスさんかわいいなあチクショウ! 私、エルピスさんの魅力はあの全力投球で行った負けプレイにもあると思います。


 憂哉さん、本当にありがとうございました。
 他にもたくさん感想はあるのですが、この場ではこれぐらいで締めさせていただきます。いやー、萌えた。違う、萌える。過去形じゃなくてね、現在進行形で萌えてます。
 本当にありがとうございました。
 これからもよろしくお願いいたします。