望んでいた未来


 この世界にはなにもない。
 彼をゴミを見る目で見る者も、落ちこぼれと見下す者も、彼の邪魔をする者も存在しない。
 ――彼から大切なものを奪い去る者も、もうこの世には存在しない。

「好きですよ、シエルさん」

 その言葉に、彼女は答えない。
 意思のないメカニロイドとて、アイセンサーに世界の光を映すだろう。人形のような彼女の瞳には、なにも映っていなかった。
 彼――エルピスはそれが不服だったようで、わずかに眉をしかめた。
 人形師がマリオネットを操る時のように彼女に手をかざし、もう一度言葉を紡ぐ。

「好きです、シエルさん」
「……あ……」

 先ほどよりも強い口調で、言う。
 そうすると、彼女は吐息をはきだした。

「シエルさんはどうですか?」
「わたし、も……」

 ――えるぴすが、すき。
 紫色にうすぼんやりと光るエルピスの掌に操られるように、彼女は同調の言葉を紡いだ。
 エルピスの眉間から、ようやっとしわがなくなる。
 安堵の笑みを浮かべて、エルピスは彼女を抱きしめた。

「わたしもあなたが好きです、シエルさん」

 彼女はされるがままエルピスに抱きしめられるままだったが、髪をなでるエルピスの手が再び紫に光ると、やがて散漫な動作でエルピスを抱きしめ返す。
 彼女の動作はぜんまいじかけの人形に似ていた。
 そのぎこちなさを違和感とは思わないらしいエルピスは、満足気に微笑んだ。

「満ち足りた気分だ……。なあダークエルフ、お前もそうだろう?」

 宙を漂っていたダークエルフが、同調するようにエルピスの周りを動く。
 この世界には、彼が認めたものしか存在しない。
 彼の隣には愛しい者がいて、すべての民が彼を英雄と崇めたてる。
 望んでいたものすべてが、手に入ったのだ。

 その時、激しい頭痛がエルピスを襲った。
 近頃――彼が望んでいた力を手に入れ、赤き英雄を血祭りにあげ、ゴミを皆殺しにしてから――エルピスは時折訪れる激しい頭痛に悩まれていた。
 痛みは一瞬だが、胸がざわつく。その感覚は迷いにも似ていて、エルピスは弱い自分に戻ったようでその感覚が嫌だった。
 不快感を振り切るように、エルピスは彼女を抱きしめる力を強くした。

「幸せなんだ、わたしは。シエルさん、あなたもそうでしょう」
「……ええ……エルピスが……いるから……」
「そうですか……なら、どうして……」

 ――どうしてあの時、あなたは笑ってくれなかったんですか。

『どうして……エルピス』

 ゼロを殺し、再会した時のシエルの残像が、アイセンサーの奥にちらついている。
 目の前の彼女は、その問いに答えない。

「笑ってください、シエルさん」

 彼女の瞳は、動かない。
 また、頭が痛む。

「笑え」

 そう命令すると、やっと彼女はぎこちなく笑みを浮かべた。
 それを見てエルピスは笑った。
 歪んでいた。

 新しい世界、秩序。
 彼は望んでいたすべてを手に入れた。
 彼の邪魔をするものはいない。
 愛しい者は彼のそばにずっといて、すべての民は統率の取れた動きで彼を賛美する。


 なにかがやめろと叫んでいる。それがなんなのかはわからない。
 この世界にはなにもない。





2010/12/21:久遠晶
 ロックマンゼロコレクションにて、エルピス第二形態が倒せないのでむしゃくしゃして書きました。
 シエル……オレは何度、親友のボディが破壊されるところを見ればいい……(CV:緑川光)
 今は何とか倒しました。エルピスさん超美声。