個性の証明

 アイスマンと瓜二つの姿をした彼は怒っていた。
 誰だって、出会い頭にこんなことをされたら怒るだろう――そう思う。
 だから彼はおもいっきり拳を振りかぶって、目の前の壁にたたきつけた。
 彼の背中に回されていた手が弾かれるようにはずれ、目の前の壁はがくりと膝をつく。
 それを小さな身体で見下して、彼は冷ややかな目を向けた。

「オマエ、なにがしたいワケ」
「ふっ、フフ……『アイスマン』にはないこのスナップの効いた一撃……容赦のないキミも素晴らしいよ、『アイス』」

 膝をついたままみぞおちを押さえる目の前の壁(なんかぷるぷるしてる)は、顔を上げて不敵に笑った。
 ウザイ。
 彼の顔は、感情をしごく直球に素直に表現する。眉間にしわが寄った。

「オリジナルのエレキマンサマよぉ、オマエ、会うたびそーゆーことしか言えねぇのか? こういうことしねぇ分、オマエのコピーのほうがデキがいいかもな」

 あからさまな嫌味にも目の前の壁――『オリジナルのエレキマン』は笑った。

「仕方ないだろう? 改めてキミを見る度、愛しい気持ちがあふれ出てしまうのだから……」
「武装を剥奪されてなかったら、オマエなんかすぐさま氷づけにしてやる」
「その時はゆっくりと時間をかけておくれ。一瞬で凍ってしまうのはもったいからね。カチンコチンにしてくれよ?」
「カチンコチンという発言をしたのはオリジナルだ。あいにくオレはガチガチに凍らせんのが趣味でな」
「ガチガチ……その表現もいいね、素敵だ。しびれたよ」

 言葉に詰まる。怒りの雷雲にかげった嫌味は、エレキマンには効果がない。
 話しても無駄。
 会うたびに実感しているのに、エレキマンの言われるがままになるのも気分が悪くて、彼はついつい言い返す。
 そしてまた徒労感を抱くのだ。堂々巡りの負の感情。

 彼は溜息を吐いた。
 なんでこんなことになったのだろう、と彼は思う。
 彼はワイリーに作られた、ライトナンバーズの複製品のひとつだ。実質的にはライトナンバーズでもワイリーナンバーズでもない。
 そんな自分たちが、何故ワイリーの野望が挫けた後も生きているのか。
 それはひとえに、ロックマンをはじめとしたオリジナルたちが、彼らコピーの破壊を拒んだからに他ならない。

『オレタチに同情でもしてるつもりかよ!?』

 その言葉は、自分か、それとも他のコピーの叫びだったか。
 オリジナルの同情を受けるぐらいなら死んだほうがマシだ――とは、全員が思ったはずだ。それなのに結局はライト研究所に居ついているあたり、自分たちのことながらあきれ返る。
 オリジナルと同じ仕事をし、オリジナルと寝食を共にするハメになるなど、誰が想像しただろうか。
 誰も想像していなかったに違いない――少なくとも、コピー品は。

「まったくキミは素晴らしい。『カレ』も見習ってほしいところだよ。『カレ』はワタシのニセモノのくせにワタシをちっとも真似できていない」
「オレとしては、そのまったく似てねぇ部分がダイスキだけどな。オマエよりもアッチのほうがさ」

 エレキマンの心の底からの嘆きに言い返す。
 コピーエレキマンは、エレキマン本人からすれば醜悪の寄せ集めのような存在らしい。
 オリジナルと違ってコピーのほうは自分に抱きついてこないから、彼としてはエレキマンよりそのコピーの方が信頼できる。

「それに、オマエの言う似てない部分はオレと同じトコだろ」

 エレキマンが自分のコピーに醜悪さを感じる部分は、外見ではなくて中身だ。
 そして、コピーたちの思考、口調、振る舞いにはわずかな差分も見られない。彼らの電子頭脳に入力されたプログラムは、すべて同一のものだからだ。
 同じ形式の電子レンジが、番号違いで八個。そこに違いはあるだろうか。

「そのわりには、オレにはベタベタ触ってきやがるよな。オリジナルサマはずいぶんと面食いのようで」

 くっ、と彼から、『彼のオリジナル』の笑い方とは程遠い笑みがこぼれた。
 彼とコピーエレキマンの内面に違いなどない。
 それなのに、外見で好き嫌いが変わる。
 まったくもって滑稽なことだ――そんな意味を込めて彼はエレキマンを嘲り笑う。
 するとエレキマンはきょとんとした。
「それは違いますよ」
「は?」
「だって、キミは『カレ』と違ってどうでもいいことでワタシに突っかかってこない」
「オリジナルへの対抗意識は、オレタチ全員に埋め込まれた基本行動理念のひとつだ。オマエのコピーがオマエにつっかかるのは、それは人間で言う本能みてぇなもんで――」
「だけど、キミはアイスマンに突っかからないでしょう。当初こそすごかったですが」
「オレのオリジナルなんぞと話しても意味がねぇと思ったんだよ」
「ほら、あるじゃないですか。違い」
「は?」

 エレキマンは彼を指差して微笑んだ。

「キミと、カレの」

 エレキマンは言う。その表情には子供が宝箱の中身を母親だけに見せるような興奮があった。

「ワタシの主観ですが、『アイス』、キミはキミたちのなかでも特に冷静なように思えます。『タイム』や、それこそカレ……『エレキ』よりもね。あの二人はどうも子供のようでいけない」

 『アイス』、そして『エレキ』。
 オリジナルの名前からMANをとる。それがコピーの通称だった。
 なんとも屈辱的な命名法だ――とコピー全員が思ったであろうが、自分で名をつけるのも面倒なので、それをよしとした。
 もっとも、コピーエレキマンなどはいまだに『エレキ』と呼ばれることが不服のようだが……彼には別段感慨はない。

「これはキミたちの個性とは言えないかい? 
 キミは『エレキ』のように、ワタシやアイスマンに下世話な突っかかり方をしないだろう。反対に『エレキ』は先ほどのキミのように急にワタシ殴りかかったりしないはずさ」
「いや、それはお前がアイツに抱きつかないからだろ――」
「それにね。アイス」

 エレキマンは彼の唇に、自分の人差し指を添える。
 ――『エレキ』はキミほど驚き屋でもないよ。
 にっこり笑って、そう囁いた。

「そうは、思わないかい?」

 にっこりと笑うエレキマンを、開いたアイセンサーが凝視した。

 考えたことがない考えだった。
 ふざけた考えだと思った。
 胸に湧き上がってくるこれは、なんだろうか。
 感情に特に名前をつけず、彼は理性的に衝動のままに動くことにする。

「もちろん、似ているところもあるけど。しかしワタシが『エレキ』を嫌いなのは、君と似ていない、『エレキ自身の個性』である下世話なとこさ」
「目、閉じろ」
「え?」
「いいから」
「はあ……」

 無警戒に従うエレキマンに、思わず失笑がこぼれる。

 個性がどうとか、クソ食らえだ。
 オレはアイスマンのコピーで、オマエはオマエのコピーのオリジナル。一生変わんねぇ関係。それはオレタチ全員わかってる。
 それでもオマエの言うように、オレにオレの個性があるのなら――。その個性、全力で嫌いにさせてやるぜ。お前のコピーよりも、誰よりもな。
 人知れず、そう決意する。

 だから、とりあえず、オレ自身の個性として――。一発好きにさせろ。
 彼は全力のばねを使って、エレキマンのみぞおちを殴りつけた。

 するとエレキマンは膝をついてむせながら、しかし笑う。

「ああ、さきほどの沈んだ顔より、ずっと素敵な表情をしているよ」

 今後もその台詞が言えるか見ものだと思ったが、勝負は永遠につきそうにない。





2011/01/06:久遠晶
友人から「これBL?」って言われましたが、書き手はそういう意味では書いてません(笑)。
恋愛感情があるか否かは閲覧者さまの想像次第です、ハイ。