逢引き


 風にたなびく人工毛が、太陽の光を受けて反射する。シリコンの皮膚が柔らかく弧を描き、アイカメラがわたしをみつめる。
 人間と見かけはまったく変わらない。ときよりぴくぴくと動く鼻先は本物以上に本物らしく、私はそのしぐさについつい注目してしまうものだ。
 家庭用ロボット『ロック』はかけがえのない友達で、わたしの大事な家族でもある。

 とはいえ――繁華街では、子供の姿のロックは、あっという間に人混みに埋もれて消えてしまう。

「ロック、どこー? ロックっ」

 声をあげても、雑踏に紛れてろくに響かない。
 いつもならはぐれないよう、人通りの多いところでは互いの服をつまんだりなんなりするのだけど――わたしが意図的に一歩距離を引いてしまったのが、今回はぐれた原因だ。
 このところずっとそうだ。
 髪にごみがついてるよ、ちゃんちょっとそれとってくれる、そんな接触にびくついてしまって、ロックとのいつもの距離をたもてない。
 大切な友達。そのはずなのに、最近のわたしはロックに対して挙動不審だ。

「ロック、ロックー……きゃっ」

 人混みを掻き分けるようにして移動していると、知り合いと話し込んでいる誰かに横から肘で押された。
 均衡を崩して地面に倒れそうになった瞬間、腕をぐっと横に引かれる。腕を掴んだ誰かは、人気のない路地裏のほうまで私を引き寄せた。
 立ちどまって私を振り返ったのは、黒髪をたなびかせる見知った友人だった。
 大きな目をくりくりさせて、にこやかに私を見ている。

「大丈夫?」
「ロック……じゃないね、きみは」
「あ、わかっちゃう?」

 瞬間、開いていた瞳が細くなる。
 気だるげな目線はロックではない彼独特の表情で、わたしは思わず唇を引き結んだ。
 ロックであってロックではない。ライトナンバーズであってライトナンバーズではない。
 アンバランスな彼との付き合いかたと距離感を、わたしは今だ測れずにいる。

「どうしたの、こんなとこで……」
「うーん、キミに会いたくなったから、じゃだめかい?」
「バカばっかり、ふざけないでよ」

 腕を掴んでいた手はいつのにかわたしの手のひらに移動して、ふにふにと感触を楽しんでいる。とっさにその手を振り払った。
 次の瞬間後悔してはっとする。ごめんと口をつくより先に、彼が楽しそうに笑った。

「照れなくてもいいのに。恋人同士でしょ?」
「……だから、なんでいるの。博士やロックに見つかったら、大変なことになるのわかってるのに」
「そーんなへまはしないよ」

 ゆるりと笑って肩をすくめる彼は、仮にも自分が指名手配犯だったとわかっているのか。公的には死亡しているとはいえ、生存がわかれば間違いなく捜査の手がのびる。
 聞けば当時、大量の警官がうろつく新宿を平然と歩いていたというのだから、その肝っ玉には驚かされるばかりだ。

「そんな危険をおかしてでもキミに会いたかったってこと」
「ふざけないでよ」
「……おかしいな、この前読んだ雑誌ではこういうと女の子は喜ぶって書いてあったんだけど」
「ほんと、ばか」

 羞恥心皆無で繰り出される口説きに頬を染めそうになって、わたしはむっつり不機嫌顔を維持するのに必死だ。
 ロックなら絶対に言わないであろう数々の言葉は彼の〝素〟なのか、あるいは意図的な努力によるものなのか。
 わたしにはわかるよしもない。推し量ろうとするのは野暮で失礼だ。

「やっぱり……かわいいな、ちゃんは」

 きゅっと目を細めた彼が、わたしに手を伸ばした。拒否も抵抗もしない。もう彼が人間を害すことはないと、知っているからだ。
 人間のものとはすこしちがう人工皮膚の指先が、控えめにわたしの頬に触れる。恐る恐る、といった撫でかたは、やはりロックのそれとは違う。
 首元に埋められたワイリーチップによって、彼は自由意思で人間と敵対できる。制約がない分、うっかり私を壊してしまわないかが不安なのだろうか。
 ためらわなくていいと言いたくて、わたしは彼の手を掴んで頬に押し付けた。
 彼が息を飲む音がする。
 表情は確かめられなくて、わたしは目をつむってうつむいた。頬が熱くなって息が出来なくなる。
 胸の高鳴りを抑えられない。
 世界を幾度となく守ってきた英雄と同じ姿と記憶を持つ、かつて新宿を火の海に変え人類滅亡を企てたテロリスト。
 そんなロボットに、わたしは恐怖とは別の高鳴りを感じている。

「ほんとに、ちゃんってかわいいなあ」

 こらえるような、慈しむような声と共に、急に突き飛ばされる。ふらついて二、三歩後退して大通りへと出てしまう。
 突然のことにわけがわからず、わたしは目を白黒させた。

「いきなりなにを――」
ちゃーん! どこー?」

 言葉を割って遠くから名前を呼ばれる。目の前にいる彼と同じ声だ。
 彼はにっこり笑って、わたしに手を振る。

「会えて嬉しかったよ」

 タイムリミットだ、と彼は呟く。
 路地裏の薄暗がりに隠れるようにして、明るい大通りにいるわたしを、ロックのもとへ帰れと送り出すのだ。

「……しょうがないなぁ、もう」
「え?ちゃん……」

 大きく一歩踏み出して、彼との距離を詰めて抱き締める。わたしを呼びながら大通りを歩くロックは、路地裏にいるわたしに気づかない。
 ロックの声が小さくなっていく。
 こわばる彼の身体の奥で、きゅいいんと駆動音が鳴るのを感じる。

「よかったの……いまの」
「そんな顔されて帰れないって。そ、それに……会いに来てくれて、嬉しかったしね」

 声はうわずって、気恥ずかしい。
 でも事実だ。探してくれてるロックには悪いけど、いましばらくは彼とのひとときを楽しみたい。
 喜んでくれるかと思ったけど、頬を染めた彼は嫌そうに眉をしかめた。

「……ねぇ、そういう顔、アイツにもしてるの」
「え?」
「オリジナルにもだよ! 最近、アイツのこと避けてるんだって? カットマンが話してるとこ聞いちゃったんだよな~ボク」
「え、そ、それは」
「あーあーやっぱちゃんってボクの顔が目当てだったのかぁ」
「ど、どこでそんな言葉覚えたの! 違うって、ほんと、ほんと!」
「あーあー聞こえなーい」
「聞こえてるでしょー!」

 話を聞かないところは完全に子供だ。
 ロックみたいに聞き分けのいい子供じゃなくて、まさにやんちゃ坊主。でもすねる間もわたしのてはしっかり握ってくれてるから、あきれるだけにとどめた。
 周囲に自慢はできないけども、大好きなわたしの恋人さまだ。





「で、何でアイツのこと避けてるの?」
「……ロックの顔見ると、きみのこと思い出して、あ、会いたくなっちゃうから……」
「…………反則だって、それ」
「ん……?」
「もー! かわいすぎてみんなのとこには帰したくない! やっぱり誘拐していい?」


2014/2/11:久遠晶