スクラップ、スプラッシュ
「ロボット市場の技術向上の為に」
「ロボットの動作不良、暴走の防止の為に」
「これは悪ではない」
「心を持つと言っても、人間とは違うのだ」
「ひいてはロボットの地位の向上にも繋がる」
「ああ、どうしてそんな顔をする」
「所詮はロボット、そうだろう?」
――ロボットに情をかけるなんて、頭がおかしいのではないかい?
何度も何度も投げつけられた言葉が、頭の奥で反響して止まない。
常識の定義と異常の定義。
僕に言わせれば貴方達のほうが異常だと――その言葉は僕の喉元で止まって、ゆるやかに胃のなかで氾濫して、だけど飛び出すことはなかった。
わが身可愛さで、僕は彼女を見殺しにするのだ。
「そんな顔をしないで」
ベルトコンベアに横たわる彼女が寂しそうに笑う。
「今まで人間のお役に立てて、幸せでした」
目を伏せて、しんねりと彼女は言うのだ。
僕は拳を握って、なにも言うことができない。本当に幸せだったら……そんなに悲しそうな表情はしないはずだからだ。
生きたいんじゃないのか?
死にたくないんだろう?
まだ動ける、まだ働ける、機体にも電子頭脳にもバグもエラーもない。
なのに廃棄される。
それを納得出来るのか、本当に――?
言いたいことは山ほどある。だけどどれも、彼女に言える言葉ではない、僕にそれを言う資格はない。
彼女が自分の死を納得出来ないとしても、僕に出来ることはもはやなにもないのだ。
「スプラッシュ、僕は……」
「幸せだったんです、私は」
だから悲しい顔をしないで。
その言葉を残して彼女は目を閉じる。スリープモードに入ったのだ。
死んだように横たわる彼女を載せたベルトコンベアがゆっくりと動きはじめた。
それに合わせて動こうとした僕を、作業員が静かに止める。
「これ以上は」
危険ですのでお控えくださいと、作業員が僕をやんわりと制止する。
機械に巻き込まれる危険があるだって? 強い電磁波を与えてロボットを破壊する機械に彼女を載せたのは、他ならないお前らじゃないか。
僕が死ぬことを心配するのに、彼女が死ぬことは心配しないなんて。
ふつふつと怒りが湧き上がってくる。作業員の手を振りほどき、僕は彼女の指へと手を伸ばす。
「お客様、危険ですので!」
「うるさい、お前にこの人を殺す権利なんてない!」
腕に組み付かれ、僕はわずかに体勢を崩す。作業員にしがみつかまれたまま、僕は流れが早くなったベルトコンベアを追いかける。
彼女のハンドパーツがキュッと握りこまれている。にぎり拳が、震えていることに気づいた。
機能停止することすらタイムロスだと、意識を保ったままで自分を殺す機械へと載せられる恐怖は一体どれほどのものなのだろう。彼女に許されるのは、スリープモードに入って恐怖から逃避することのみ――。
ダメだ、ダメだ、ダメだ。
たとえ彼女が納得していたって、たとえ全世界の科学者が人類の発展の為だと大義をかがげたって、やっぱりこんなことが許されるはずがないんだ。
「お客様、お気を確かに! おい、誰か止めろ――」
「うるさい、狂っているのはお前たちの方だ! 今すぐ機械を止めろ!!」
数人の男に組み付かれて、僕はその場に膝をついた。
彼女のふたつ先のロボットの頭が電磁波の機械に飲み込まれた。彼女が飲み込まれるのも時間の問題だ。
腕に組み付いた作業員を引き剥がし、胸ぐらを掴んで地面に叩きつけた。
「チクショウ、離せ、離せ、離せッ!! あの機械を止めろ、さもないと――」
「止めて、」
清廉とした伸びやかな声が僕を包んだ。
構えた拳の動きが止まる。
彼女がベルトコンベアに乗ったまま、首をかすかに動かして僕を見ていた。
スリープモードに入っていても、外の様子は知覚出来る。僕を見かねたのかもしれない。
「私の為に人間に酷いことをするのは止めて――もちろん、ロボットにも」
悲しげな笑み。
「ここで暴れたら、貴方は仕事を続けられなくなる」
海の災害に巻き込まれた人々を助けるのが貴方の使命、そうでしょう?
そう言って、彼女は首を傾げた。
「そう……そうだ、海難救助が、キミと僕の使命だ……だからスプラッシュ、キミはスクラップになることなんてない……キミはまだ働ける、生きるべきなんだ」
「それは……無理だわ」
彼女は首を振る。
人間の為に作られたロボットは、人間に必要とされなくなったら終わりだ。
ごうんごうんと、機械が駆動する音がする。作業員と作業用ロボットにのしかかられ動けなくなった僕をあざ笑うかのように、ベルトコンベアは動いていく。
あと数十秒で機械に飲み込まれるというのに、彼女に恐怖の色は見えない。
ただ彼女は、穏やかな表情で笑う。
「だから、私の分も貴方は人間を助けて」
「スプラッシュ……そんな、そんなことを言うな、そんな悲しいこと……」
「今までありがとう、本当に」
「スプラッシュ、待ってくれ、僕はキミを、キミのことを――ッッ!」
「幸せになって、」
彼女の頭が機械に飲み込まれた。
僕はその様子を見ていた。
見ていた。
見ていた。
彼女の身体に影がかかり、ゆっくりと飲み込まれていくのを。
僕は見ていた。
身体をめちゃくちゃに振り回して咆哮を上げてもロボットにのしかかられた身体は動かない。
彼女の微笑みを、僕は見ていた。
どんなに叫んでも、身体は動かない。
「スプラッシュ……」
目の前が滲む。
ベルトコンベアは動き続け、彼女が飲み込まれたのと同じようにまた、違うロボットたちを飲み込んでいく。
指先がちりちりする。喉が渇く。力が抜ける。
彼女はいない。
どこにもいない。
もう……僕に向かって微笑んではくれない。
なにも伝えられないまま、僕は彼女を死の恐怖に晒しただけだった。
――機械に飲み込まれる寸前に引きつった彼女の微笑みを、僕はただ見ていただけだった。
冷却水がかすかに彼女の頬を伝う様子を、僕は見ていることしか出来なかった。
そうだ、怖いに決まってるじゃないか。
怖かったに決まってるじゃないか。
そして――その恐怖に彼女を晒したのは、他ならない自分だ。
僕が騒いだ為に、彼女はスリープモードで死の恐怖を軽減することすら出来なかったのだ。
僕のせいで。
それなのに、彼女は死の瞬間まで僕を心配していたのだ。
彼女の為になにも出来なかった、僕のことを。
2010/07/09:久遠晶
アレンジCDのOP漫画を読んで「……心残りも」という台詞に妄想爆裂した結果がこれです。
反省はしてますが後悔はしてません。公開はした。
他にも色々とロックマン9ED後のエレキマンで妄想とかもしてるんですけど……まだロックマン9をまったくやってない(クリアしてない)ので自戒してます。
あああああ特別扱いって言葉に色々考えるエレキマン書きてえええ