お茶の間の風景
「そういえば般若さんってどうやってご飯食べてるの?」朝食中、唐突にが言った。焼き魚をむしゃむちゃと頬張りながら。
その言葉に、談笑していた御庭番衆の面々はぱたと会話を止める。自らに集中した視線に、般若は居心地悪そうに体を揺らした。
仲間たちとの食事のため、般若は仮面も変装もせず、堂々と素顔を晒して食事をしている。
「そういえば、唇がねえのによく無音で食事出来るよな」
「ああ。やっぱ特殊な食べ方してんのか?」
式尉が顎に手を当てて、ぶしつけに般若を見た。べし見も頷く。
租借中の般若は身振りでしばし待て、と表現した。唇のない般若はそのままでは口のなかが丸見えになるため、食事中は手で中身を隠している。
「……いきなり何変なことを言い出すんだ。別に普通だ」
「どうやって喋ってるのかも疑問だぜ」
「般若さん、どういう発音の仕方してるんですか? 特にぱ行」
「そういえば、発音の仕方は前々から疑問でした」
ひょっとこが言えば近江女が身を乗り出し、増髪まで言い出す始末。
「日常生活に難が有りすぎですよね、普通。唇がないんじゃ水だってうまく飲めないでしょうに」
「考えてみればいつの間にか喋ってましたよねえ。今まで、特に疑問でもありませんでしたが……」
「へぇえ、そうなんだ」
白尉の言葉に黒尉が頷き、仮面をつけた後の般若しか知らない朔夜がふんふんと興味深そうに般若を見た。
「なっつかしいなー。包帯ぐるぐるだったよね般若くん。ちいさかったけど覚えてるよ」
「それって操がいくつのときだ? よく覚えてんな」
「うん、素顔と一緒に衝撃的だったもん。みいら男」
ちげえねぇ、と般若と蒼紫以外の一同にどっと爆笑が起こる。
「般若さんのみいら男、わたしも見たかったな~」
「おい、やめといたほうがいいぞ。傷口が化膿するわ細菌がはいって高熱出すわで一週間近く医療部隊の奴らが看病してたんだよなぁ」
「あんときの般若は……夢に出てきそうだったもんなぁ」
「今の顔でも十分夢見の悪い顔なのに。そんなだったんですか」
「、結構グザっと言うよな」
食事を口に運びながらの会話。
彼らは蔑む目的で喋っているわけではない。それは知っている。知っているが、般若にとって顔は一応は気にしていることのひとつである。
かつてならまだしも、この平和な時代においてこの変貌した顔は足かせでしかないのだ。
十年前――御庭番衆が解体され多くの人員が路頭に迷った時。能力は認められていたのに、変貌した顔によって般若には一切の仕官話がなかった。
もっともそれは蒼紫以外の全員も同じだが。
顔を削いだことに後悔もなく、元の顔に戻りたいとも思わない。だが、それによって少なからず蒼紫を悲しませたのは確かだ。戦いしか能のない部下たちに再就職先を与えてやれなかったことを、心優しい御頭は申し訳なく思っているのだから。
そんなわけでまがりなりにも自分の顔に思うところがある般若であった。
「寝てるときとかさぁ、師匠の口ってほんと喉渇きそうだなーって思う!」
「つうか、雑魚寝してる時にふと起きて般若の顔が目の前にあるとよお……」
「ああわかるわかる。いい気付けにはなるけどよ、夜中には見たくねえよな」
「わしゃこの前便所に会った時に般若の顔見てちびりそうになっちまってのう」
「ちょっと爺や食事中ー!」
笑いながら会話が進んでいく。朝からうるさい者たちである。
空白の十年を感じさせない盛り上がりだ。御庭番衆にとって月日はさしたる障害にはならないということか。
遠慮のなさに頭を抱えながらも、それが心地いいと感じている自分に、般若は気付いていた。
そんな部下たちを見る葵屋の若旦那の目線は、暖かい。
2012/4/2:久遠晶