雨間から差し込む光
質素な石が等間隔でよっつ並んでいる。
山の入り口とも出口とも取れる、光の当たらない場所。
この下に、あの人たちはいる。
「左端がひょっとこだ」
抑揚なく、蒼紫様が言う。
「じゃあ、その隣はべし見っ?」
ちゃんと弾んだ声になっていたと、思う。
「よくわかったな」
「わかるよ。べし見にひょっとこ、昔っから喧嘩ばっかりしてたけど仲よかったもんね」
仲いいんだね、って言うと、『いいわけあるか!』なんて同時に言って、それが理由でまた喧嘩をしていた二人。悪態吐きあってる二人はそれでも楽しそうだった。
「きっと、べし見の隣は般若くん。般若くん、いつも喧嘩の仲裁に入ってたから」
蒼紫さまはなにも言わない。それが答えなんだろう。
「般若くんが呆れながらひょっとこ押さえてて、それに式尉さんが遠くでちゃちゃ入れてて。騒がしい人たちだったわよね」
風が吹いて、結ったばかりの三つ網が揺れる。本当に久しぶりの再会だっていうのに、私の格好は可愛げのない忍服。般若くんには『年頃の女性が足を出さないように』なんて言って怒られそう。
でも、これが私だから。
みんながいた御庭番衆の元で育った、私だから。
それに、へたにおめかしなんかしたら式尉さんに笑われちゃいそう。開口一番に『孫にも衣装だな』―――そう言って笑われるのがオチだもんなぁ……それとも、『大きくなったな』って言って、昔みたいに頭を撫でてくれただろうか。
また風が吹く。冷たい。湿った風。太陽は出ているはずなのに、ここに太陽の光は注がれない。幾重にも重なった木の葉のせいで、木漏れ日さえ降りてこない。
なにか言わなきゃ。
なにか言わなきゃならない。
みんなに言いたかったことがある、でも内容忘れた。
久しぶり、会いたかったのよっ、ガトリングガンって当たったらやっぱり痛いの、みんなばっかり蒼紫様と一緒に居られてずるい、これからは私が蒼紫様独り占めしちゃうから、あんなことやこんなこともしちゃうんだから―――。
違う、これじゃない。
なにを言えばいんだろう―――。
私は静かに身震いをした。
蒼紫様の呼吸の音が聞こえる。なにかを、言いあぐねているような吐息。
そうだ、蒼紫様の為にも私は喋らなきゃならない。
みんなを殺してしまったと自責の念を抱える蒼紫様の為に。
みんなの死については、きっとそれは蒼紫様の中で決着はついている。でも、それでも時折考えてしまうのだと思う。
みんなが居た、『今日』を。
私が、あの時蒼紫様に追いすがっていればと考えるように。
「操」
蒼紫様の声。私はみんなから視線を外せない。鼻がつんとしてくる。
「雨が降りそうだな」
返事をしない私に、蒼紫様は続ける。
「傘を……持ってくる」
蒼紫様が踵を返す音。
『雨が降りそうだから、今日は帰ろう』とは言わない。それが蒼紫様の優しさ。
この場にはもう、私ひとり―――いや、五人だ。
一歩、みんなに歩み寄った。
指先がちりちりする。身体の末端に力が入らない。引きずるように足を動かす。
「―――みんな……」
つぶやいてみても返事はない、当たり前だ。
ああ―――だめ。鼻がつんとする、視界がぼやける、呼吸がしづらい。
「なんで、いきなり居なくなったの」
言葉が胸を突いて出てきた。自分でも、なにを言ったのかよくわからなかった。
でも、言葉はもう止まらない。
「いきなりみんな消えて、すごく怖かった」
「爺やや増髪さんたちもいなくなるんじゃ―――って」
「京都中探した、のに、みんな居なくて」
「死んだかも、とか考え、て」
「すご、く、さみし、かった」
違う、こんなこと言おうと思ったんじゃない。でも―――確かにこれは私の本心なんだ。
追いかければ困ったふうに笑って頭を撫でてくれた般若くん。
髪の流れに沿って、優しく触れてくれる。
組み手ごっこしよ、というと式尉さんは笑いながら私を担いで、肩車してくれたっけ。式尉さんは頭に手を押し付けるような撫で方だった。
べし見は私の頭をよくはたいた。いい音はしたけど、痛くないように加減はしてくれてた。
ひょっとこは私の髪をぐしゃぐしゃにするから、そのあと櫛を通すのが大変だった。
一、二、三、じゃあよんは『∥∥』だと私をだました式尉さん。べし見もひょっとこも囃し立てるもんだからすっかりだまされた私は、調子に乗って蒼紫様のとこまで自慢しに行って、その場に居た爺やに酷く笑われてしまったっけ。『操さまをからかうな』と般若くんに叱られたあと、式尉さんは笑いながら私の頭を撫でてくれたのを覚えてる。
でも懲りずに、私に嘘を教えてきた。
『式尉さん、いっつもうそばっかり言う』
そう言って頬を膨らませたのは遠い昔のこと。
『式尉さんなんか大嫌いよっ!』
そう言えたのは、明日もまた会えると確信していたからだ。慌てて私をいさめる般若くんにいつもと違う気配を感じ取っていたというのに、ちっぽけな自尊心が邪魔をして、私は式尉さんの前から逃げたのだ。
そうして、次の日にみんなは居なくなってしまった。
手紙も何も残さずに、何も言わずに。
いつしか私は、その場に膝をついていた。
みんなの墓石に縋るようにして、喉と頬が引きつるほど泣いた。
泣きたくはなかった。みんなを心配させるから。
これ以上心配させたくなかった―――のに。
ぽつり、と雨は墓石に暗いしみを残す。瞬く間に雨足は強くなり、篠突く雨になった。
泣き声が雨音に掻き消されるから、それはそれでよかった。
***
「操」
後ろで足音。蒼紫様。
「風邪を引くぞ」
抑揚のない声。蒼紫様のふつー。
全身を叩いていた雨が、急に止む。蒼紫様の傘が私を覆う。
ぼたぼたと傘の上で雨がはじける音。
自分の傘で、蒼紫様が腕を伸ばして私をかばっている。自分は雨に打たれて、私をかばっているのだと音の感じでわかる。
「お前に風邪を引かす訳にはいかない」
「みんっ、なに、お墓、作ってあげなきゃ」
「……そいつらを雨に打たせる訳にもいかない」
それもそうだ。と、思った。
時代とか、そういうのを恨んでもどうにもならないっていうのはわかってる。みんなが、納得した上で選んだ決断だということも。
でも、せめて、みんなに、面と向かって謝りたかった。
でもそれは叶わないことだから、泣くだけ泣いたら立ち上がろう。
もう心配かけさせないように。
2011/2/3:久遠晶
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