斎藤とキスしてるだけ


「煙草臭いのよ、アナタは」

 このセリフに、斎藤は少なからず気分を害したようだった。
 斎藤は身体を離すと、眉をぴくりと動かして視線だけを私に向ける。細い目がさらに細くなる。
 それにしても性格の悪さを体現したような顔だわ。目つきが悪いったらない。

「ほう」

 唇が動いて、それだけ言う。
 その涼しい顔を見る度に、私は苛つく。

「もう一度、言ってみろ」

 口元を歪ませると煙草に口付け、斎藤は横を向いて紫煙を吐き出す。
 手袋越しに顎を掴まれ私はそっと息を止めた。指先に染み付いた煙草の匂いにたまらなくなる。

「嫌いなのよ、煙草。けむたいし、アナタに抱かれるのも嫌」

 腰を抱く手をやんわりいさめて、目を見て言う。私を見下す笑みのまま表情を変えない斎藤に苛々してくる。

「反抗的な目だな」

 フン、と鼻で笑われる。
 再び煙草に口付け、私を見る。
 むっとする私にさらに笑ったかと思うと、斎藤は私に顔を近付けてくる。身体ごと顔を背けようにも、顎をしっかり掴まれている為にそれも出来ない。もう片方の腕が後頭部に回って、引き寄せられる。
 力で押さえつけられては成す術もない。

 呆気なく、だけど実にゆるやかに―――斎藤の唇が触れてくる。あああああ、このかさかさした乾いたものがパリパリ言いながら唇にくっついてくるこの感覚が嫌なのよ。
 唇を割って、舌がぬるりと入り込む。彼が下顎に触れる親指に力を込めて私の口をこじ開ける。

 むせかえるような煙草の臭いをより近くに感じて、思わず歯を閉じかけた。斎藤の口の中に残る煙を移される。
 苦い。鼻がつんとしてすこし涙が出て来る。顔を逸らそうにも、後頭部をがっちり抱え込まれてる為にそれも出来ない。
 どさくさに紛れて顎にあった手が腰、尻に移動してる辺りが本当に憎らしい。流石にそれだけは抵抗する。
 反応しない私にじれたのか、斎藤は身体を離した。ぬるん、と舌が口内から居なくなると、不思議と喪失感がある。

「……っいきなり、なによ」

 涙目じゃまったく迫力はないんだろうけど、自尊心を維持する為に全力で睨み上げる。
 ゆったり余裕の笑みを崩さない斎藤の表情で、私の顔に迫力なぞ微塵もないことがわかる。悔しいったりゃありゃしない。

「―――で、『誰』の匂いが嫌いなんだって?」

 言葉に詰まる。目を逸らしてしまう。
 毎度毎度思うことだけど、やはりこの男は性格が悪い。
 顔を逸らすと再び顎を掴まれる。

「……煙草の臭い」
「ほう」

 視界の隅で、口元を歪ませる斎藤の目が爛々と輝いた。

「『俺』の匂いは、嫌じゃないんだな」
「久しぶりに会ったんだから、もう少しましなこと言えないわけ?」
「開口一番に言う気を無くさせたお前が悪い」
「会うなり盛るからでしょ」
「それでも俺に付き合うお前の自業自得だ」
「アナタが放してくれないからよ」
「お前が物欲しそうな顔してるからだ」
「……アナタという人は」

 思わず溜め息を吐いた。
 文句は山ほどある。長い付き合いだ、斎藤に関しては良い面も悪い面もよく知っている。文句はあるけど。長い付き合いだから、言ったところで改善しようとする奴じゃないのも知っている。

「なんだかんだで、お前もとことん俺が好きだからな」
「自惚れ過ぎじゃなくて」

 お前『も』というところに反応してしまうのは、私は彼と同じように自惚れてしまっているのだろう。

「……会えてよかった」

 私達はどちらともなく口付けをした。
 むせかえる煙草の臭いを心地良いと感じてきてしまっている。
 悔しいし気付いているだろうから、本人には絶対に言わない。





2009/11/3:久遠晶