永井くんの同期は三沢さんがお好き

 正直さぁ、三佐はなぁ……。
 いや、なんか苦手ッつーかさ。沖田さんも一藤一佐もすげー優しくていい人だけど、三沢さんはさぁ……取っつきづらいし、無口だし。そりゃ優秀なのはわかるけど。
 そこまで慕うほどかなぁ――。

「わかってない。あんたは最高にわかってないわ」

 昼飯のカレーを頬張りながら、はモゴモゴと異議を申し立てた。しんねりと首を振って、スプーンをひらひらと上下させる。行儀が悪い。
 基地屋外の休憩スペースには俺たちだけだ。降り注ぐ木漏れ日が体を暖めて心地いい。

「三佐は厳格な方よ。必要でないことはお言いにならない。それは私たちなんかよりもずっと先を見据えてらっしゃるからよ」
「なんか語り始めたよこの人」
「厳しくあらせられるのも、早く一人前になるようにとの親心を私たちに向けてらっしゃるからでしょう。それに――」

 俺のぼやきも構わず、は続ける。とは同じ部隊に配属された同期だが、当然ながら考え方はまったく違う。珍しい女性自衛官とおんなじ部隊に配属されるって聞いたときには浮き足たったが、ロマンスなど考えようもない相手だった。
 はなぜか立ち上がって、ぺらぺらと三佐の魅力について捲し立てる。が、まったく耳に入ってこない。俺のカレーだけが減っていく。

「――であるからして、あの方の仕事に対する実直さはバイアスロンでの成績とか、あの若さで三等陸佐でらっしゃることから見ても明白なのよ」
「はぁ」
「まぁたーしかに三佐はこわもてでらっしゃるわ? ヤクザ!? って感じだし、冷たいし、無口でなに考えてらっしゃるのかわからないし」
「おい」
「あの目もとの鋭さと丸坊主が相乗作用して本当にこわもてでいらっしゃることは否めないわけだけど――」
「お、おい」
「ん?」
「こわもてで悪かったな……」
「わっ! 三佐っ」

 背後に立つ三佐に気づいたが慌ててその場を飛び退いた。
 三佐の眉間にはいつも以上にシワが刻まれていて、不機嫌であることは明白だった。三佐を発見したのは、のご高説が後半に差し掛かった段階だ。まさかは三佐の魅力を語っていたと説明しても信じてもらえないだろう。
 信じてもらえたところで、なぜそんな話になったのか、と言われるに決まっている。そうなったらごまかせるだろうか……。
 の誤解がとけたとしても俺が三佐を悪く言ったことは事実だし、どっちに転んでも俺は終わった。
 午後の訓練、絶対しごかれる……!

 恐れおののく俺ときょとんとしているを、三佐はじろりと見回した。睨まれてもは顔色ひとつ変えない。それどころか嬉しそうに笑う。三佐の不機嫌が助長する。

「俺の話でずいぶんと盛り上がってたみたいだな」
「はい。自分が一方的にですが」

 が三佐にこくりと頷き、ねぇ、と同意を求めるように俺を見つめた。
 か、かばってくれている!? 正直かばわれたところで連帯責任でしごきあげられるのは変わらないのだが、それでも気を使ってくれているのだろうか?
 平静を装いつつも内心で困惑する俺を見て、三佐はふんと鼻をならした。

「俺の話をして楽しいか?」
「はい! 尊敬する上司の話です、楽しくないはずがございません!」
「は?」
「え?」

 三佐とが同時に面食らう。
 も、もしかして、三佐の嫌味に気づいていないのか……?
 三佐をまっすぐ見つめる視線は輝いていて、迷いがない。困惑したように三佐が俺をみる。俺は訳もわからずこくこくと頷いた。

「……俺の、なんの話を」
「三佐は愛情深い上司であると」
「そういう話には聞こえなかったが……」
「最後の方は、こわもてで丸坊主で無口なところごかっこよくって素敵だわ、という話をしておりました」

 うさんくさそうな顔をした三佐がまた俺を見た。真実であるので、俺も自信を持って頷く。

「恥ずかしい会話を聞かれちゃいましたネ。と、ところで三佐はどうしてここに?」
「あぁ……ハンカチが落ちてたから」

 お前んだろ、と、三佐は取り出したハンカチを俺に見せた。俺はおもわずと声をあげ、ズボンのポケットを探った。ない。

「すみません三佐、わざわざ、ご足労をおかけしてしまって……」
「別に」
「よく永井のだとお気づきになられましたね。どこにでもあるようなハンカチなのに」
「たまたま、見かけたからだよ」
「我々のことよく、見てくださっているんですね」

 が心の底から嬉しそうに笑った。小学生手前の子供のような、汚れのなくってまっすぐな笑みだ。全身全霊で喜ぶような、無邪気な笑み。
 親切をされたのは俺だというのに、自分が三佐に助けてもらったような表情。
 三佐はを見て目をぱちぱちとし、それからなぜか俺の頭をぐしぐしに乱した。俺は振り払う訳にもいかずただ耐える。沖田さんにやられるのはいいんだけど、あまり親しくない三佐にやられるのは抵抗がある。もっとも、滅多にそんなことしてこないが。

 そしてすぐに俺たちに背を向ける。用はすんだと言わんばかりの、そっけない態度だ。

「永井」
「はいっ」
「別に部隊内恋愛は禁止されてねぇけどな、いちゃつくのは大概にしろよ」
「ち、違いますって三佐ぁ! ほら、お前も否定しろよ!」
「……むかつく」
「え?」

 はものすごい表情で俺を睨んでいた。三佐ほどの迫力はないが、いきなり敵意を向けられて怯んでしまう。

「三佐に頭ぐしゃってー! むきー羨ましい! なんで永井ばっかり好かれるの!? ちょっと成績いいからって調子乗っちゃダメだからね!?」
「は!? な、なんだよいきなりっ!!」
「私永井にだけは負けないから!! 午後の訓練、勝負だかんね、勝負!!」

 人差し指を俺に突きつけ、一方的に宣戦布告をする。居てもたってもいられない、と食べかけのカレーを放置して走り込みに向かう背中に「話聞けよ!」と声をかけながら、俺も慌てての後を追った。
 そしたら今度は沖田さんに「いちゃつくなよー」とか「たるんでんぞ、根性出せよー」などと声をかけられた。だから違いますって!





2014/10/29:久遠晶