お祭りどうですか



 冬の夕方。いつものように制服姿で帰宅すると、着物姿の女が廊下に前に立っていた。
 かんざしでまとめた髪の毛と白いうなじが色っぽい。

「あっ三沢さんだ。こんばんは、今日もお務めお疲れ様です」
「誰かと思ったら、お前か」

 隣人が自宅の施錠をしながら微笑む。
 いつも通りの深々と頭を下げるしぐさも、着物姿だとなかなか風情がある。隣人の普段と違う濃い色の口紅をのせたくちびるが、いつも通りの弧を描いた。
 そのまま嬉しそうにその場を一回転する。下駄がいつもとは違う高い音をたてた。

「どうです? 結構決まってるでしょう」
「どういう風のふきまわしだ」
「夜祭りですよ、夜祭り」
「祭りがやってんのか?」
「やってますよ、ちょっとあるいたとこ。ほら、向こうの神社のほうで」
「通りでいつもより人が多いと思った」
「この街の一大行事なんですよ」

 隣人は拗ねたようにくちびるを尖らせた。去年越して来たばかりの俺と違って、隣人はこの街が好きらしい。
 手を持ち上げ、結い上げた髪は乱せないと気づく。手を下げてから隣人の頭を撫でようとしていたことに気づいた。

「行ったことないのでしたら、一度は行ってみることをおすすめしますよ。なかなかいい出店が並んでいます。特に焼き鳥は絶品です。うまいんです、本当」

 神妙に頷きながら隣人は言う。
 しっかり着付けて、髪をあげて化粧もして。普段とは見違えるようだというのに、言葉がちゃんとしてなきゃ台無しだ。

「じゃあ、そろそろ私は行きますね」
「おう。おつかれ」

 下駄を鳴らしながら廊下を歩く背中を見つめた。歩き方は意外に着物慣れしている。

「おい」
「はいっなんでしょう」

 階段に消える寸前に声をかけた。
 隣人が振り返り、かんざしのモチーフが揺れる。
 着物が最も映える瞬間は、見返りの一瞬だと俺は思う。
 小首を傾げる表情の幼さがなければ、年相応の色気も出てくると思うんだが。

「楽しんでこい」
「はい、そうします。お気遣いありがとうございます」

 振り返らせた意図など知らず、隣人は会釈して階段を降りていく。見届けて家の扉を開ける。
 帰って早々に冷蔵庫の中身を物色し、買い物を忘れていたことに気づいた。
 面倒だからレトルト食品で済ませようとし、隣人の言葉を思い出す。

「焼き鳥か……」

 夕飯に焼き鳥は少々役不足だが他にも屋台はあるだろう。レトルト焼きそばを食べるぐらいなら、せっかくなら祭りに行ってみるか。
 私服に着替えてから家を出た。


   ***


 隣人に言われた通り、町外れの神社に向かってあるいていると急に人通りが多くなる。角を曲がると、大通りに屋台が連なっている。
 神社まで屋台の列は続いているらしい。
 食欲をそそるものを探していると、不意に横から男の声がした。

「ね~いいじゃん、一緒に行こうって」
「いやぁ、すいません……人待ってるんで」
「そんなこと行ってさっきから一人じゃん。つれないこと言わないでさ~」
「あははははは……」

 間延びした男の声と力のない愛想笑いが耳に届く。困り果てたような女の声には聞き覚えがあった。隣人だ。
 隣人は男に手首を掴まれながら、振りほどくことも出来ずに困っている。毅然として断らないからそうなる。
 助けてやろうか、と思って、すぐその考えを打ち消した。

 あれだけめかしこんでいるのだから、待ち合わせ中であることは本当のことだろう。それならばナンパを撃退してやるのは相手方であって、俺ではない。ここで隣人を助けるのは、む

しろ野暮と言うものだろう。
 すぐそばの屋台で焼きそばを買っていると、隣人をナンパ中の男は曖昧な返事に業を煮やしたのか、実力行使に出た。掴んだ手首を引っ張り、無理矢理に隣人を引き寄せたのだ。

「待ち合わせに遅れる彼氏なんてほっといてさ、俺と遊ぼうよ! ねっ!」
「ちょ、困りますっ。……あっ、みさ……」

 焼きそばを調達して帰るか、というときに、隣人が俺に気づいたらしい。しかし、俺を呼ぶ声は尻すぼみになって消えていく。
 横目でうかがうと、隣人は掴まれていないほうの手を俺に軽く伸ばし、困り果てた目で俺を見つめていた。
 目があうと声をあげようとする。ためらいようなそぶりを見せ、隣人は口をつぐんだ。だが瞳は明らかに助けを求めている。
 見ちゃいられない。
 坊主頭を撫で付けて、ため息を吐く。『待ち合わせに遅れるような彼氏』だから、せっかくの心を掴むチャンスをフイにするんだ。

「おい、
「み、三沢さ……」
「お前そんなとこにいたのか。普段と違うから気づかなかったぜ」
「えっ、あ、あんたが待ち合わせの相手……」
「なにか文句あるか」

 威圧するようにナンパ男に近づきながら、隣人を掴む手をじろりと睨む。ナンパ男はすぐ手を離した。
 見せつけるように隣人の肩を抱き寄せる。肩がわずかにはねるが、すぐに察して隣人も俺の胸に頭を預ける。

「俺がいない間こいつに付き合わせたみたいで、悪いな」
「いっいえ……そっソレジャア~」

 勝ち目がないと判断したのか、ナンパ男はすぐ退散する。この手の男は女には粘るくせに男への見切りは早いのだ。
 完全に居なくなったことを確認して肩を離した。

「悪いな、肩触っちまって」
「い、いえ! 助けていただいてありがとうございます! 本当に助かりました」

 慌てて隣人は頭を下げる。どうやら本当に困っていたらしい。
 ため息が出る。こういうとき、毅然として断れない性格なんだろう。

「三沢さんも夜祭り来たんですね」
「夕飯買いにな」

 焼きそばの入った袋を軽く持ち上げる。隣人は口許を押さえて笑った。

「それにしても、どんだけ遅れるんだお前の彼氏は」
「え?」
「ナンパ被害にあわすほど遅れるってのはちょっとな」
「あぁ……や、ほんとは待ち合わせなんてしてないんですよ……そう言えば諦めてくれると思ったんですけど」
「待ち合わせじゃない?」
「ええ」
「じゃなんでそんなめかしこんでんだ」
「自己満足です」
「自己満足」
「はい」

 隣人は力強くうなずく。それなら普段から自己満足したらどうだと思ったが、それを言う義理もないので飲み込む。

「せっかくなら誘えばよかったのに。気になる男ぐらいいるだろ」
「いやー特には……恋愛とかする気起きないんですよねぇ。だいたいひとりのが気楽なことが多いし」
「それはわかるが」

 この前『人に踏み込まれることが苦手だ』と言っていたことを思い出す。多人数で遊ぶより、自分のペースで楽しみたがる気質なのだろう。
 ガヤガヤと騒がしい祭りのなかで、着飾った女が一人で回っていたら声をかけたくなるものだ。放って置けばまた声をかけられそうだ。

「三沢さんは、もうお帰りなんですか? 夕飯はそれで終わり?」
「いや。まぁ適当に回ろうかとは思ってたが」
「そうですか。向こうの通りにね、おいしい焼き鳥屋がありますからよかったらどうぞ」
「どこだ」
「じゃあ、案内しますね」
「悪いな」

 こっちですよ、と道を先導しながら隣人が言う。

「なんでしたらこのあとも案内してもいいですよー」
「さっきは一人の方が気楽だなんだと言っといて、俺をナンパか」
「ナンパ? アハッ、それいいですね!」

 たこ焼き屋まで俺を案内しながら、隣人が吹き出した。楽しそうにけたけた笑う。

「三沢さんは気楽だから一緒に居てもイヤじゃないんですよー付き合いやすくて!」
「付き合いやすいねぇ」
「だって三沢さん私に興味ないでしょ?」

 当然のように言いながら俺を振り返る。嬉しそうな表情。

「確かにガキに興味ねえな」
「でしょー。三沢さんのそういうとこ好き」

 踏み込んでこられるのがイヤってのは、要するに好きじゃない男に言い寄られるのがイヤだってことか。
 見た目自体は悪くないし、昔色々あったのかもしれないな。
 まぁ、関係ないけど。

「で、どうです?」
「ん? なにが」
「なにがってそりゃあ」

 いつものほほんとした瞳が、いたずらっぽい光を称える。仕掛けたいたずらにいつひっかかるのか待ち構えるような、意地の悪い笑顔になる。
 こいつ、こんな顔でも笑うのか。

「ナンパされてくれますかって!」
「お前なぁ」

 呆れてため息が出る。
 不愉快ではない。むしろ、この物怖じしない、ある種の図々しさを――とても好ましく思っている自分がいた。

「ナンパしたからには楽しませろよ」
「あっはっは、責任重大ですね」

 隣人は口を開けて笑った。品のない仕草だが、俺は隣人のこの笑いかたが好きだ。お上品で大人しい女よりも、少々男勝りのほうが一緒にいて気楽だ。
 ずっと共に過ごすのなら女性らしい女のほうがいいのだが――元妻のような――。

「こぅら、三沢さん」
「ぅっ……なに、すんだ」
「三沢さんの背中叩いた」

 先行していたはずの隣人はいつのまにか隣に立っていた。俺の背中をぽんと叩き、俺はそれに過剰にびくついた。飛び退く寸前で押し止め、平静を装って受け答えする。
 隣人は俺を下から覗き込み、心配そうに眉をよせる。

「お勤めのあとですものね、三沢さんにとっては。お疲れなんですよね 」
「いや……悪い、ちょっと考え事しててな」
「だめですよ、お祭りは楽しまないと。ほら、知り合いの焼き鳥屋着きました!」

 二軒先の屋台を指差し、隣人が笑う。
 コロコロと下駄を鳴らしなから小走りになって駆け、早く早くと俺に振った。
 本当に子供のようだ。だが祭りは楽しむべきだ、というのは一理あるだろう。

「おじさーん、こんばんは。遊びに来ましたよーほら、三沢さん三沢さんっ」
「おーっちゃんじゃないか! ……彼氏? それともパパ?」
「……」
「やーもう! お隣さんですっ。呼び方でわかるでしょ、もう」
「いやー呼び方でなんかわからないもんだよ? 俺ガキのころ、彼女におにーちゃんって呼ばせてたからな! ベッドのなかで! ガハハ」
「……ほんともう……」

 隣人は大げさに頭を抱えた。すみません、と苦笑する隣人に、気にするなという意味をこめて首を振っておく。じいさんなんてどこもこんなものだ。
 じいさんは焼き鳥を作りながら、待ち時間の間にしきりに隣人に話しかける。
 ややあってたこ焼きが完成し、パックに詰められたそれを受けとる。

「お代は半分でいいよ。ちゃんのおとなりだもんなぁ、なんかあったらななしちゃんのことよろしくな!」
「あぁ……はい。ななしさんには隣人として、こちらも世話になってます」

 会釈するとじいさんはガハハと笑った。もうビールをやってんのか、というテンションだ。
 たこ焼き屋を離れてたこ焼きにパクつきながら、隣人が困ったように笑う。

「なんかすみませんーさっきの」
「ノリのいいじいさんだったな。親戚か?」
「いいえ、商店街の……まぁ知り合いですね。子供のころお世話になったんです」
「ずいぶんと打ち解けてたのはそういうことか」
「はい。私、子供のころ……まぁいいや」
「なんだよ気になるな」
「私の昔の話をしても面白くないです。あっほら三沢さん射的射的!」

 射的屋を見つけた隣人がパタパタと駆けていく。射的か……まぁ、確かにできるけどさ。

「三沢さん! お手並み拝見させてくださいよ!」
「おまえがやれ」
「えぇ~」
「俺が撃つのはズルみたいだろ」
「三沢さんは真面目な方ですね」

 店番のじいさんに代金を渡し、隣人がショットガンライフルを模したオモチャを構えた。
 銃底を脇に挟んでグリップを握り、もう片方の手で銃身を支える。反動を考慮したであろう持ち方はプラスポイントだが。


「どうですか」
「……まぁ、訓練じゃないしな。やるだけやってみろ」
「えっ、どうせなら構え方教えてくださいよ」
「じゃあ、構えるから見てろ」

 オモチャのショットガンライフルを受け取り、正しい構え方を見せる。

「まず、足を開いて腰を落とす。銃の持ち方だけど、銃底は脇で挟むんじゃなくて肩につける。照準と顔を近づけて、銃の射線と目線がぶれないように。わかった?」
「ま、ま、待ってください。こうですか?」
「そんな感じだな。ほら、やってみろ」

 俺の構えを真似する隣人に、もう一度ショットガンライフルを持たせた。まだぎこちないが、だいぶよくなった。

「顔が傾いてる。照準と目線をあわせるときは顔を傾けるんじゃなくて、顔を前に出す」
「ま、前に? んんん」
「そうじゃなくて……――っと」
「?」

 肩を掴もうとして、寸前で止める。

「どうかしました?」
「ん……触って、いいか?」
「ああ、どうぞ。セクハラなんて言いませんよ、教えていただいてるんですし」
「んじゃあ……触るぞ」

 断って、後ろから肩と頭に触れる。隣人の視線と射線を正し、腕の位置など細かい位置を修正してやる。
 隣人は小柄だ。着物越しに感じる肩は小さい。

「ちょっと狙ってみろ」
「はい」
「大体あってる。が、反動もあるからそのやや下……そう、そこだ。あー、トリガーは指のまんなかで引く。そう。……撃ってみろ」

 隣人の指がトリガーを引き、勢いよく発射されたコルク栓が的――的の端を叩いた。俺は隣人の腕を支えていた手をそっとはずした。

「修正してもう一度撃ってみろ」
「はい……!」

 コルクを詰めながら気合いの声をあげる隣人。もう一度構えて撃つものの、今度は外れてしまう。
 渡されたコルクは三個。残りはあと一回だ。

「あう……やっぱり三沢さんの手助けがないと無理かなぁ……」
「集中しろ。撃つときは息を止める」
「ん……――」

 アドバイスをうけた隣人がぱちぱちとまばたきをする。隣で何度か、別の人間が銃を撃つ。その音も耳に入っていない化のように、隣人はじっと神経を研ぎ澄ませている。
 やがてトリガーにかかった人差し指がゆっくりと絞られていく。
 パァン、と小気味いい発砲音が響いた。

 隣人の放ったコルクは的の中央を正確に射ぬいた。

「おーっおめでとう! 特賞持ってかれちゃったかぁーっ」
「や……やった! み、三沢さん!」
「おお、よくやったな」
「えへへ、三沢さんのアドバイスのおかげです」

 特賞のばかでかいぬいぐるみを抱きながら、隣人が屈託なくに笑った。腕の中のぬいぐるみを見て微笑み、はっとして俺を見上げる。

「どうした」
「こ、これは私ではなく三沢さんの勲章……」
「い、ら、ね、え、よ。素直にお前がもらえばいい」
「でもズルみたいでなんだかなぁ」
「俺がもらってもお前にやってたっての」
「それもそうか」

 納得してうなずく隣人。ぬいぐるみ趣味は俺にはないのだ。

 射的屋を離れ、提灯がならぶ町並みを歩く。隣人は嬉しそうにぬいぐるみをもふもふと抱き締めている。

「射的でゲットできたのはじめてです!」
「よかったな。結構筋がよかったぞ、さっきよ」
「三沢さんにそういわれるとほんとにそんな気がしてきますね」
「自衛隊入ったら歓迎してやる」
「あはは」
「わりと本気だ。向いてると思うぜ」
「えーっ」
「小柄なヤツは的にしにくいからな」
「……三沢さん、からかってるのか本気なのかよくわかんなくなります」
「小柄なヤツが的にしにくいのはほんとだぞ」
「へー……」

 頷きながら歩く。下駄の音が並んで来ないことに気づいて振り向くと、隣人が五歩ほど離れたところで立ち止まっていた。抱き締めたぬいぐるみに顔を埋める様子だけみれば子供のよ

うだ。提灯の明かりが隣人の顔に影を作り、声をかけるのをためらう。

「……どうした」
「三沢さんが――……自衛官さんが住んでる世界は、そういう世界なんですねぇ」
「ん……?」
「なんだかそれは、あまりにも……」

 目を伏せる隣人は、静かにため息をこぼした。白い息が、祭りの熱気のなかに霧散して消えていく。
 祭りの喧騒に、隣人の呟きは聞き取りづらい。
 住んでる世界……隣人と俺の――いや、俺と、それ以外というべきか――。

「確かに銃は使うがそれはあくまで訓練で、使うときなんて来ないほうが――」
「わかってます、それは」

 隣人は静かに首を振る。しんねりとした動作は憂鬱にまみれていた。

「……三沢さんが怖い訳じゃなくてね。ええ、そうです。尊敬の気持ちを新たにしました」
「そういう顔には見えねぇな……」
「ほんとですよ? ただまぁ、危ない仕事ですから心配かなぁ……」

 ゆるりと微笑むものの、やはり表情には影がある。
 住む世界、だの、心配だ、など。こいつの言葉は昔妻に言われた言葉とまるっきり同じだ。
 別に隣人にそこまで言われる義理はないはずだが。
 すたすたと隣人のもとに歩み寄って、ためらったのちに頭に手をのせた。髪型を崩さないよう、すぐ頭から手を離す。

「彼氏が自衛官になろうとしたら止めてやれ。家族に気を払えねぇ仕事だ」
「それは存じてます。私、危険な仕事に従事されてる自衛官さんのこと、かなり尊敬してるつもりですから。ほら三沢さん、ここまで来たら神社まで行きましょうよ、お参りしましょお

参りっ!」

 先ほどの暗い表情とは打って変わって元気な声を出す。小走りになって先を歩く隣人の背中を見ながらため息をついた。

「尊敬されてることぐらい知ってるよ」
「えっなに? なにか言いましたー?」
「転ぶなっ、っつったんだよ」

 歩きながら振り返る隣人にそう声をかける。忠告の甲斐なくバランスを崩して尻餅をつく隣人に頭を抱えた。
 前言撤回、こいつにゃ自衛官は無理だ。
 尻を押さえる隣人に追い付いて、手を差し出す。

「なにバカなことやってんの。足大丈夫?」
「ああ、はい。下駄も無事です。注意力散漫でやんなります……どうも」

 隣人の細い指先が俺の手のひらに乗せられる。そのまま引き上げるつもりだったのに、重みが加わらない。引き上げるタイミングを逃したまま、隣人は立ち上がった。
 俺は隣人の指をつかんだ状態で、驚いてキョトンとしてしまう。

「手、ありがとうございます。……どうしました?」
「いや、なんでも」

 隣人が軽すぎるという訳でもないだろう。手を掴んだくせに自力で立ち上がったのだ。差しのべた手を断れば角がたつと思ったのか……まぁ、どうでもいいが。
 まだ掴んだままの手を隣人が見つめる。慌てて手を離そうとすると、隣人が俺の手を掴んだ。

「どうした?」
「……自衛官さんの手だぁ」

 隣人は宝物を見つけたような顔をした。俺の手を両手で包んで、目を輝かせる。
 じっくりと手を見つめられ、思わず息がつまる。

「な、なんだよ」
「うふふふ」

 両手で握った手を上下に振られる。困惑する俺をよそに隣人は満面の笑みを浮かべた。
 冷えきった手と手が、互いの体温で徐々にあたたかくなっていく。それぐらいずっと、触れられている。
 祭りの往来でなにやってんだ俺たちは、などとおもいながらもなにも言えないのは隣人の目がひどく優しかったからだ。

「分厚くってタコがあってカサカサしてて、職人の手ですね、もう」
「も、もういいだろ」
「あっすみません。ほおずりはしませんよ流石に……したいけど」

 したいのかよ。
 羞恥心をごまかすようにため息をついた。首を振って頭を撫でる。
 握手させたから胸揉ませろ――などと羞恥心をごまかすために軽口を叩いたら、セクハラで訴えられるだろうか。

「握手ありがとうございます、三沢さんっ」

 嬉しそうに笑う隣人に毒気を抜かれる。その表情にいたずら心をかきたてられてデコピンする。
 痛がる様子を見ながら、やっぱりこいつガキだ――と思ったのだった。
 幼い一面に心配してしまうと同時に、なぜだかほっとしてしまう。
 そこまで老けたつもりはないと思い直し、ため息をついて神社に向かった。





2014/11/3:久遠晶
銃の構えかたは一応調べましたが、間違っていたらすみません。