さみしいかみさま
神様は不公平だ。付喪神であってもそう。
本当なら、神様を使役していいように使うなんて罰当たり甚だしい行為も、「我らにとっては主に振るわれることこそが重要」として、神格が低い審神者にかしずき命令に応じる。
審神者が人だから。
刀剣男士はみな、人を好きな物だから。
そこにあるのはどこまでも深いかみさまの愛情でしかないけど、どこまでも残酷な温情でもある。
別に、それが嫌だと思ったことはなかった。
審神者になる為に作られ、調整された試験管ベイビーである私が、あれこれ文句を言うのは贅沢だ。私を愛してくれる存在がいるのは幸福であると、頭のいい私はようく知ってる。期間限定の愛情だったとしても、彼らの愛は本物なのだから。
同時に私の孤独感は一生埋められない、すり潰すしかない心の汚点だということも、ちゃんと知っている。
万屋の店員と長谷部が、仲睦まじく話している。
口元に手をやるたおやかな仕草に品のある女性だ。あの堅物の長谷部が目元を緩ませ、口元をほころばせるのだから、本当に素敵な女性なのだろう。
おいくつの方だろう。二十代後半……かな。着物の上からでもわかる、しなやかな柳のような腰つきが綺麗で――あぁ、だめだだめだ、女性を子供を産む機能で見繕うなんて。
霊力は生まれつきの才能だ。遺伝子強化によってある程度の底上げとブーストが可能になっても、『天然もの』の霊力のほうが優れていることは変わらない。あの人は強い霊力を持った子を産めるかな。難しそうな気がする。
そうやって、必死にあの人の欠点を探す自分が嫌だ。
もし長谷部があの人を伴って、私の元に来たらどうしよう。
――主、この方が俺の愛する方です。どうか結婚をお許しください。
そう言って頭を下げられたら、どうしよう。
その時私がするべきなのは、彼女は丈夫な審神者を産めないよ、と告げることではなくて、おめでとう、と笑うことなのに。するべきなのはあの人のあら探しじゃなくて、笑う練習のはずなのに。
商品棚の奥からじっと見つめても、長谷部は気付いてくれない。とっくに会計は終わっているはずなのに、ずっと受付で話し込んでいる。
長谷部にとって唯一の息抜きなのだ。そっとしてあげたい気持ちと、審神者をひとりにするなんてどういうこと、と泣きわめきたい気持ちがせめぎ合う。
だけど結局、長谷部が疲れているのは私のせいだ。私が審神者として劣等生だから、満足に手入れもさせてあげられない。
長谷部が口元に手をやった拍子に、あの人が手袋からちら見えする擦り傷に気が付いた。
「長谷部」
我慢できずに声を掛けた。怪我を指摘し、ひどい審神者と言われるのは耐えられなかった。
「主」
少し困った顔で、長谷部が私に視線を注いだ。あの人に一礼してから私に歩み寄り、膝をつく。
形のいい革靴がひしゃげて皺を作る。刀剣男士の衣装は職人が霊力と神気を注いで織り上げた捧げ物なのに、私の為にたやすく汚し、使い潰してしまう。
「もうお会計終わった?」
「はい。お待たせしてしまい、申し訳ありません」
唇を持ち上げて、長谷部が笑う。この笑みが嫌いだ。作り物だから。
万屋から出る寸前、あの人がぱたぱたと駆けてきた。
「審神者さま、お待ちになってください」
「……どうしたの?」
「もしよろしければ、受け取ってくださいな。日々歴史を守ってくださる方への、心ばかりの品ですが」
私の手を取って、手の平にしかと置く。
「ぁ……」
「礼なんておよしになってください。こんなことしかできませんから、我々は」
礼を言いたくない、と思った瞬間あの人が穏やかに言葉を続けた。
本当に、苛立つぐらいいい人なんだ。――長谷部が好きになるのもわかる。
夕焼けに染まる道を歩く。長く伸びた私と長谷部の影が、手の部分で繋がっている。
「巾着袋、中身はなんだったんですか、主」
「ん。木炭一個。長谷部の怪我、手入れしてあげてってことでしょう」
「あぁ……気を使わせてしまいましたね」
長谷部が困ったように苦笑した。嬉しそうに。
先ほどからずっと長谷部は嬉しそうに微笑んで、私を見つめて歩いている。
万屋の行き帰りはいつもそうだ。普段はまったく笑わず、真面目に職務をこなし時間遡行軍を屠る刀なのに、休みの日となると途端に表情筋が緩む。万屋に通うのが嬉しくて仕方ないのだ。
「長谷部、よっぽどあの人のこと好きなんだね」
「俺は主が一番大事ですよ」
うそをつけ。と言おうとして、長谷部にとっての真実ではあるんだろうなぁ、と思って口を噤んだ。
あの人と私、どちらかしか助けられないなら、主のほうを助けざる得ないのが刀剣男士だから。
神様は不公平だ。運命を決める神様も、付喪神だって。
私じゃなくてあの人に霊力があれば、きっとご立派な審神者になったことだろう。長谷部も忠義と恋で悩むこともないはずだ。
私の霊力がもっと強ければ、長谷部を怪我した状態で外に連れ出すこともなく、みんなから尊敬される審神者になれたことだろう。
でもそんなもしもの話なんて意味が無い。
だから私の心のきしみは、私の問題だ。
あの日本丸に初めて足を踏み入れた時。緊張でがちがちの私を快く出迎えてくれた長谷部の手を、特別だと思ってしまったことが間違いなのだ。
感傷に浸るから人は弱くなるのだと、頭のいい私はちゃんと知ってる。だから今日もそっと思い出を捨てる努力をし続ける。
2020/09/14:久遠晶
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