面白い人

 朝教室にはいって、席に座る。目の前に黒板がある位置がうれしい。
 今まで背の高い人の後ろだったから、黒板を見るのが一苦労だったんだよね。


「わっ!? びっくりしたぁ、おどかさないでよ青八木くん」
「……話しかけただけだったんだが。悪かった」

 青八木くんは驚く私に目をぱちぱちさせて、それから私の後ろをすり抜けて自分の席に座った。
 隣に座る青八木くんを眺めながら、ああ隣同士になったんだな、とぼんやり実感する。今まで青八木くんに話しかけられたことなんて、なかったからな。

「あっ、そういえば青八木くん、おはよう」
「……」

 青八木くんは私に視線をやって口を開いた。なにか言おうとして、口を閉じてしまう。
 あれ、これはすごく意図的に無視された気がする。なにか怒らせてしまったかと戸惑っていると、青八木くんが一時間目の教科書を出しながら呟く。

「風邪はもう大丈夫なのか」
「……へ?」
「三日も休んでた」

 一瞬、独り言なのか私に言われたのかわからなかった。
 確かに、水木金と立て続けに休んでしまっていた。土日の休みも挟んだ久しぶりの登校だから、心配してくれてるんだ。

「あっ! 風邪はもうぜんぜん大丈夫。おかげさまで全快しました」
「授業結構進んだから、わからないとこあったら、教える……ノート、必要なら言ってくれ」
「うわ、ほんと? 青八木くんの字って丁寧だからありがた……」
「……」

 また青八木くんがムッとくちびるをとがらせた。明らかに不満げな表情だ。
 た、単なる社交辞令だったのかな。

「えぇと……」
「……呼び方戻ってる」
「えっ? ……えぇと、む、『無口くん』?」
「うん」

 青八木くんがこくりとうなずく。
 そういえば、熱を出す前にあだ名で呼ぶ呼ばないの会話があった。自転車部の後輩くんが呼んでいた無口先輩というあだなが面白くて、私もそう呼んでいいかと話していた。
 次の日から風邪で休んでいたからすっかり忘れてた。
 なんだ、あだ名で呼んでほしかったのか青八木くんは。
 気に入っているのかな。無口くんってあだ名が。

「ふふっ」
「……?」
「面白い人だね、青八木くんって」

 微笑ましくて笑みがこぼれる。
 笑いかけると、青八木くんが眉根を寄せてむっつり前を向く。

「そんなこと言われたの、はじめてだ」
「きっと、友達はみんな思ってるよ。言わないだけで」
「……オレはの方が面白いと思う」

 私、なんか面白いこと言ったかな。
 尋ねようとした時先生が教室にはいってきた。私は慌てて居住まいをただし、朝礼に集中した。


   ***


「なぁ、鳴子。俺って面白いか?」
「はあ? 無口センパイ、なに言うてますのん」

 部活の終わりがけ、サイクルジャージから制服に着替えながら青八木が言った。鳴子のやつがきょとんとしている。
 俺を含めてみんなの視線が青八木に集中する。
 なにいってんだ、青八木のやつ。
 小野田と目が合い、俺は肩をすくめた。こればっかりは、俺も意味がよくわからないよ。

「いったいどうしたんだ、青八木」
「……純太」
「え、そんなこと言われたのか。面白い人だな~」
「…………そのやり取りはごっつ面白いスけど、面白いのはパーマセンパイやな」
「だな」

 鳴子に同調し、ワイシャツのボタンをかけながら今泉が頷く。満場一致の空気だ。
 確かに、言っちゃなんだが、無口で社交性ゼロの青八木を面白いって思うやつはそうそう居ない。今はだいぶマシになってきたけど、昔はひどかったからな……。よくよく考えて、青八木とここまで打ち解けた俺ってすげーと思う。
 青八木の魅力は、鳴子みたいに派手に騒ぐ面白さじゃない。細身のくせに心根がどっしりしていて頼りがいがあるのがいいところで、それは深く付き合っていかないと伝わる魅力じゃない。

「でも、なんでいきなりそんなこと聞くんですか無口センパイ。はっ、まさかキャラチェン!? パーマセンパイと漫才でもすんですか!」
「しない。……クラスメイトに『面白いね』って言われて、気になっただけだ」

 青八木がむっつりと鼻にしわを寄せた。と言っても微々たる変化だが。

「俺はそう言うさんのほうが面白いと思うがなあ」
「だよな。……オレもそう思う」
(なあ、いま無口センパイ名前だしたか?)
(いや、出してないと思う……)
(出してない。……毎度毎度、手嶋さんはなんであそこまで意思疎通ができるんだ……?)
「お前ら、聞こえてるぞー」

 三人より集まってひそひそ話しはじめる一年に苦笑する。メンタリズムだなんだと言われているけど、青八木の感情が読めるのは単なる経験の賜物だ。
 俺にだってわからないことだってある。
 例えば、青八木が「隣の席のさん」をどれぐらい好きなのかってのは……いまの俺には、わからない話だ。

「純太」
「ん?」
「楽しそうな顔してる。……なにを考えてるんだ」

 むっと鼻にシワを寄せる青八木はたいそうお怒りだ。
 こういうときには、青八木のほうが心を読むのがうまいらしい。俺の野次馬根性なんて、お見通しのようだ。
 俺は肩を竦めて知らんぷりをして、それから着替えの終わったメンバーを追い出しロードバイクへとまたがった。
 青八木が恋に気づくのはどれぐらい先だろう。相談されたら親友としてまじめに聞いてやらなきゃな。
 なんとなく楽しくなって、俺はくすくす笑っていた。





2016/11/18:久遠晶