それは恋か義務感か?



 進学先の大学でその男を見つけた時――石垣光太郎は『あかんやつと一緒になってもうた』とこれからの四年間に遠い目をした。

「ホシモッとる男、待宮栄吉をよろしゅう!」

 胸に手を当てニヤリと笑う男とは何度か共に走ったことがある。最後のインターハイで集団を操り箱学に接戦した男。
 レースの前から箱根学園と総北高校を揺さぶる舌技、初対面の御堂筋を相手に協調を持ちかける抜け目なさ。
 石垣が知る待宮はそう言う『油断ならない男』であり、その性質は味方としてチームを組む分には非常に心強い相手であった。
 レースをする待宮は意外なほど実直だったのだ。
 だが――。女性回りは緩い。それは間違いない。

先輩、今度デートせえへんか――」
「…待宮、講義遅れるで」

 口説き始めた待宮を石垣がから引き剥がす。
 待宮はとにかくサービス精神が旺盛で、女はとりあえず誉めるし口説く。親友すらエグイと評するその毒牙がに向かないか気が気でない。
 石垣に腕を引かれながら待宮が口を尖らせる。

「まだ時間あるじゃろ、ひとの恋路を邪魔するなや」
「ホンマに恋路なんやったら黙っとるけどな。お前、そうじゃないやろ」
「……あぁ、先輩てお前の親戚なんじゃったか」
「昔馴染みのお向かいさんや」

 石垣はむっとして訂正した。親戚などではない。
 は、石垣の向かいの家に住む近隣住民であり、幼馴染だ。
 石垣にとっては憧れであり、よく思われたい相手でもある。年齢こそのほうが年上だが、石垣はを監督し守る責任があると思っている。
 なにしろ互いの親の顔まで知っているのだ。
 同じ大学に進学すると報告したとき、の母は石垣に「二十歳越えても男に疎いから、光ちゃんあの子を頼んだで」と託したのだ。
 こたえる義務がある。
 少なくとも女好きでゆるい待宮がに手を出すのを黙ってみていることはできない。

「なんじゃ嫉妬か」
「……待宮。オレはお前の自転車への情熱はホンマだと思っとるし、負けられんとも思っとる。せやけど、恋愛に関してはお前のことはカケラたりとも信じられへん」
「こうみえて結構一途じゃぞ。エエ」
「真面目に言うとるんや!お前に姉さんは渡せへん!」

 石垣は声を荒げて啖呵を切った。
 普段温厚な石垣が声を荒げたことに待宮は目を開いた。キッと睨む石垣にニヤリと笑うと、待宮は自分の胸に手を当てる。

「ライバル宣言つうことか。エエよ、受けて立ったる。先輩はエエ女じゃけぇ、取り合うんは当然じゃな」

 意外なほど真面目な声に石垣は驚いた。てっきり茶化されると思っていた。
 石垣をまっすぐ見つめる待宮の瞳はくもりない。実直で真剣な眼差しは、まさかに本気で惚れていて、本当に一途なのではと思えるほどだった。

「待宮、お前ホンマに……」
「ねぇミヤくん忘れ物――喧嘩中?」
「なに言うとるんじゃ先輩!ワシら親友同士じゃ!なぁ石垣、いや光太郎!エッエッ」

 待宮の忘れ物を届けに来たに、待宮は慌てて笑顔を向ける。石垣の肩を抱き顔を寄せてぺらぺらとしゃべる。

先輩の今日のファッションかわええなって話しとったとこなんじゃ!なー光太郎」
「えー、そんな普通だよ」
「またまた~」
「お、お前ホンマ喋る男やな……」
「うっさい話し合わせろ」

 を誉め殺して、先ほどまでの険悪な雰囲気をごまかす待宮はヘラヘラしていて真面目さのカケラもない。
 ――やっぱこいつに姉さんゆずれへんわ。
 への思いは決して色めいたものではなかったけれど、だからこそ待宮に渡せないと強く思う。保護者としての思いが渦巻く。





2016/11/18: 久遠晶