小夜嵐

夢絵・漫画

画像

 ざあざあざあと雨が降る。
 三佐だったものと私だったものの頭上で、黒い幕に飛沫が弾けてボタボタと音を響かせた。

 きっと、外はひどく寒いのだろう。もうなにも感じなくなった私の身体を強く抱き締めて、三佐だったものは寒くないかと私に問いかける。
 私が答えられないとわかっているのに、わざわざ声に出す。
 三佐だったものは私の無言を勝手に解釈して、私の身体を抱き締める腕を強くした。そんなことしたって、私はもうなにも感じないのに。
 もっと言うのなら、三佐の身体はもう死んでいる。抱き締めたところで暖かいはずはなく、まるっきり逆効果だということに気づいているのだろうか。

「ここなら、雨に濡れないから安心しろよ」

 独り言にしかならないのに、私に呼び掛ける。

「お前に入り込もうとする闇霊たちは俺が撃ち殺してやるから」

 それがありがたいことなのかどうか、私にはわからない。

「もう、怖いものなんてないんだから」

 確かに、私はもうなにも感じない。
 嬉しいとは……思えなかったけど。

「だからさ、そろそろ、いい加減……」
 独り言はいつまでも続く。寒さも感じないくせに私の身体を抱き枕のように抱きしめ、いたずらをするように頬をくすぐる。
 私の身体の所有権は、三佐だったものに完全に奪われていた。逆らうことはできず、受け入れ続けるだけ。
 私という意思は、その様子を眺めるだけだ。

「――いい加減起きてくれよ、

 おかしな台詞だ。私を殺したのは自分のくせに、許しをこうように言うのだ。
 人間であれば涙もこぼしていただろう目だ。彼自身はそのことに気づいていないのかもしれない。くちびるだけが笑っている。

 ――健康優良日本男児、舐めんなよッ!
 遠くの学校で、永井が沖田さんだったものを滅しているのがわかった。
 血液と共に流れだし雨に溶け出した私の感覚は、今や肉体に縛られずにすべてを感じることができた。
 しかしそれだけだ。
 私の魂そのものは未だ自分の身体に縛られている。三上脩のように、ここ以外のどこかに行くことは出来ない。三佐の身体を好き勝手に動かす悪霊と、共にいるしかない。

ちゃん、一緒に遊びましょう」

 三佐だったものの頬を撫でることも、呼び掛けに応えることも出来ない。
 どこにも行けず、なにも感じず、ただ見るだけだ。
 幽霊になったのは私だけらしい。
 沖田さん本人はどうしているのだろうか。なんにせよ、私は他者へコンタクトするすべを奪われている。  ……あるいは、三佐や沖田さんも……私と同じように、私と同じように、世界を違えてこの島に居るんだろうか。魂だけとなって、永井や他の生存者を見守っているのだろうか。
 そう思うと心はつらいのに、痛む胸はもう動いていなかった。

ちゃーん」

 私のそばに誰かがいてくれる。それは喜ぶべきことなんだろうか。三佐ではなく、その殻を動かす人ならざる魂だったとしても、私は喜ぶべきなんだろうか。
 三佐ではないとわかっているのに、私を好きだと言う彼の言葉が三佐のものに思えてしまう。声をあげて泣き出したくなった。
 ――俺とお前は上官と部下で、それだけだ。
 立場をわきまえろと、かつて冷たく諭された。三佐の白くなるまで握りこまれた指と逸らされた視線がどういう意味なのか、聞くこともできずに拒絶を受け入れるしかなかった。

 こんな状況なら上官と部下なんて関係ないですね――なんてふざけるから、また呆れてほしかった。
 どうして私を殺したのと思って、そうでもしないと抱き締めてもくれない彼を恨んだ。


サイトトップへ