小夜嵐

夢絵・漫画

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 夜見島に一人で旅行に行ったら動く死体の化け物が出てきて大騒動。死に物狂いで逃げていたら偶然夜見島に不時着してた夫とその部下に鉢合わせした。
 これでもう大丈夫だと思っていたら、夫の様子がおかしい。
 極限状態の中、家族すら信頼できなくなって別行動をとってしまうのはある意味で当然だった。
 二年前に別居を申しだされ、ずっと前からすれちがっていた私たちなのだから。

「岳明さんはなにしてるかしら……」

 夜見島金鉱の物陰に隠れながら、私はそうひとりごちた。危ないから離れるな、と引き止める岳明さんのもとを自分から離れたくせに、ふとした時に考えるのは岳明さんだ。
 岳明さんが嫌いだから離れたわけでは断じてなかった。
 極限状態のなかで醜い自分が表面化していくところを、最愛の人にだけは見られたくなかった。だけど……。

「もっと……岳明さんと話しておけばかった」

 岳明さんのことを理解したかった。
 お見合い結婚の私たちはお互いのことを知らないまま結婚し、そのままずるずるとここまできてしまったように思う。それでも愛はあったはずだ――いつ離れてしまったのかはわからないけど、少なくとも私はあの人を愛している。
 今でも、なにがあっても。結婚しているのに片思いのような切なさが胸を襲う。現状への憂いと、今までの岳明さんとの関係の憂いだ。
 死の恐怖は突きぬけている。
 どうせ死ぬのなら、もう一度岳明さんと会って愛していると言ってから死にたい。
 その前に化け物に殺されたんじゃ、死んでも死にきれない。
 決意を新たにした瞬間、じゃりっと砂を踏む音が聞こえた。

「こんなところにいたのか」
「! たけあきさ――ぁ……」

 呼びかける言葉は途中で止まってしまった。
 目の前にいたのは黒い頭巾をかぶった異形の存在だったからだ。
 いつからか島に発生しはじめたイモムシのような黒い生き物。それが死体に入ると、みなこのようになるのだ。
 光を嫌う動く死体は、当初夜見島にいた動く死体よりも機敏に動き流暢にしゃべる。
 それは確かに岳明さんの姿をしていた。しかし肌は青白いを通り越しておしろいをぬったように真っ白で、口と目もとからは黒い血がこびりついている。

「あ、岳明さんなの?」
「ああ、俺だ。……正確に言えばこの『殻』が、だが」
「いやー!! 化け物!! 岳明さんを返し……ッ!」

 ライトの光を浴びせて落ちていた小石を手当たり次第にぶつけるが、怯ませる効果もなかった。岳明さんのカタチを化け物はすぐさま私への距離をつめ、そして――。

 私の手を、取った。

「安心しろ、永井や他の殻と違って殺しはしない」
「へ、え?」
「この姿になって色々なもんから解き放たれてな、38歳にして生まれ変わった気分なんだ」
「生まれ変わったっていうか死んでますけど」
「細かいこたあいいんだ。とにかく」
「あ! 三佐~奥さん見つかったんですか」
「おう、沖田、いいとこに来た。……おい、なにもしねーから逃げんなって」

 逃げようとするもののがっちりとホールドされて逃げられない。
 ぞろぞろと化け物たちが集まってきた――生前は岳明さんの部下や上司だった人たちだ――。
 彼らの手には一様に銃やらバールやらが握られているのだけど、それを私に向ける様子はない。

「奥さん、笑って笑って~」

 生前は沖田さんだったものが私にデジタルカメラを向ける。

「沖田ぁフラッシュたいたらぶっ殺すぞ~」
「やめてくださいよ三佐ーこの殻ただでさえガタが来てるんですからぁ」

 けらけら飛び交う冗談は私にはさっぱり笑えない。
 抱き寄せられると死の恐怖で心臓が飛び跳ねた。それを察知したのか、岳明さん(だったもの)はすこしかがんで私に視線をあわせ、神妙な顔をした。

「……なぁ、こんな姿になっちまった俺は、イヤか?」

 かがんで顔を向ける癖に、岳明さん(を動かすなにか)の視線はすぐにそっぽへと移動してしまう。
 それは、岳明さんが不安になった時の昔から変わらない仕草だ。

 ――俺の妻になってくれないか。
 ――なるべく……優しくする。
 ――いいから泣きやめ。

 昔、同じ仕草と共に言われた言葉が頭をよぎる。
 ああ、ああ……。すがたが変わっても、この人は岳明さんだ。
 
 たとえ岳明さんの死体を動かしているだけだとしても、この人には岳明さんの面影がある。
 それなら――。

「いえ……岳明さんを、変わらず愛してます」

 もう死んでもいいと思った。化け物に成り果ててもいい。
 この人となら。

「いちゃつく前に写真とらせてくださーい」
「馬鹿空気よめよ沖田ぁ」

 でも、なんかこう……いいのかな? この人たち。私を殺さなくて。
 他人事のように首をかしげた。



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書いてる私も他人事のように首を傾げてる。なんだこれ。でも闇人×人間もイイヨネ


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