光を憎み、闇を抱く者
魔軍司令殿は闇を受け入れ、人間でなくなったというのに未だ元同族に執着しているらしい。
天空魔城にて魔王様をお守りする名誉を受けているというのに、戯れのように我が根城までいらっしゃっては『最後の砦』の英雄の足掻きを観察する。ワインを飲みながら芸人の余興を眺めるように我が部隊と英雄の戦いを眺め、くちびるを釣り上げる。
「まだ殺すなよ。すぐ死んだらつまらないだろう」
魔軍司令殿はいつもそう言う。
肉体は闇を受け入れ、魔族に転化したと言えど、精神はさほど変わりがないのかもしれない。これから魔王様と共に素晴らしき虚無の永劫を歩むと言うのに、人間のちゃちな精神では耐えられぬのが道理だ。
英雄をいたぶりもがく様を嗤う過程で、魔軍司令殿は精神をより魔に染めているのだろう。
理解は出来るが、共感は出来ない感覚だ。
我は元より骸。生まれ付いての闇。光を憎み、闇を抱いた。美しく輝く闇にこそ我はいる。
不幸にも醜い光の元で生まれてしまった魔軍司令殿のお考えが我にわからずとも当然だ。
「まだあいつは見つからないのか?」
「はぁ……捜索はしているのですが。既にのたれ死んでいるか、配下の者が気づかず殺しているか──」
「それはない。あの女の光は強大だ、簡単に死ぬ人間ではない」
随分と信頼していることだ。
魔軍司令殿は「くれぐれも、見つけたら報告しろ」と言いふくめ、翼を翻して天空魔城へと戻っていく。
我はその姿を見送り、思わず「ンフフフフ」と笑いをこぼしていた。
デルカダール城を攻め滅ぼす時、という女を探せ、と魔軍司令殿は言った。
見ればわかる。絶対に殺すな。私の大事なオモチャのひとつなのだから──と。。
命を受けた時はその意味がわからなかったが、やがて理解した。
目の醒めるような光を湛えた、まっすぐ前を見据える瞳。簡単には屈しぬと胸元のロザリオを握りこむ不屈の意志。
制圧した城内で女を見つけた時、直感した。これがあのか、と。
既にを捕らえていると知ったら、魔軍司令殿はお怒りになるだろう。
知ったことではなかった。
人で在りながら闇の美しさに気づき、魔族へと転化した魔軍司令殿のことは尊敬しているが、それだけだ。
おそらく、を見つけたのが我でなくとも――ほかのだれであっても、命令には従わなかっただろう。
人であり、魔族へと生まれ変わる途中の魔軍司令殿は、そのことに気づいていないのだ。
闇の眷属は、穢れた光を癒したい習性があると。
***
魔物に襲撃され、崩壊したデルカダール城の廃墟。
その王妃の間。
屍鬼軍王ゾルデは魔軍司令ホメロスが去った後、変わり果てたその場所へと足を運んだ。
朽ちたベッドと壊れたクローゼット、埃がつもっている点は、他の部屋と変わり映えしない。中央に姿見がある以外は。
「ンフフフフフ……ご機嫌はいかがかな、殿」
ゾルデは姿見に向かい話しかけた。周囲の景色を反射していた鏡へ己の指先を沈ませる。
鏡はゾルデの腕を受け入れ、まるで水のように波打った。ややあってゾルデが腕を引くと、ずるりと一人の女が鏡から引き出される。
女は床にべしゃりと倒れこんだ。
ごほごほと咳き込みながら、震える手が床を掻く。
ややあって起き上がった女――は、ゾルデを見上げてキッと睨んだ。
「最悪だわ。当然でしょう?」
「まだそのようなことが言えるのか、そなたは……」
ゾルデは内心で歓喜した。鏡の中に閉じ込め、闇でふさぎ込んだ。常人ならとうに発狂してもおかしくないというのに、は未だ正気を失っていない。
汚らしい光にすがり、内に秘め、すこしも色褪せていないのだ。
はデルカダール国のシスターだった。敬虔な神のしもべ。デルカダール一帯がゾルデの作り出した闇に覆われる前、国が国として機能していたころは花咲く笑みで国民から慕われていた女だ。
誰よりも真面目で、誰よりも厳しく優しい。吹きだまりのならず者たちもを見た瞬間、スライムのようにへにゃへにゃになってしまう。
神に愛された御子。時期最高司祭との呼び声も高かった女性だ。
闇を愛し、光を唾棄するゾルデとは対極に位置する存在であり、だからこそゾルデを惹きつけてやまない。
「……殺しなさい。私は屈しないし、拷問するだけ無駄な話です」
毅然とした態度を崩さないに、ゾルデは喉の奥で嗤った。
骸骨故に表情の変化は現れないが、彼に皮膚と呼べるものがあればにたりとくちびるが釣り上がっていたことだろう。
死を望むあたり、精神には確実に消耗が見られる。
「我はそのようなことはせぬ。我が望むのは汚らわしい光がそなたから失せ、美しき闇を抱くこと」
「あり得ません。そんなことは」
ゾルデは膝をつき、と視線を合わせた。手を伸ばし、の頬に触れる。
鎧と同化した手はの温度を伝えはしない。触覚など遥か昔に底冷えするような光のなかに置いてきている。
それでも、表情を強張らせるの怯えは伝わる。かすかに揺れる瞳は、ゾルデの心中を夢見心地にさせた。
「……っ!」
骸骨の貌を寄せると、が息を飲んだ。
構わずゾルデは露出した歯をのくちびるに押し付ける。
この行為が口づけ、あるいとキスと呼べるのなら、の初体験はゾルデだった。
当然愛はなく、浪漫もない。歯を押し付け、くちびるをむさぼる行為は捕食同然だ。
屍との行為を強要されるは、おぞましさにゾルデの身体を必死に押す。無意味だ。一人きりで鏡のなかに閉じ込められ、体力などほとんど残っていない。
ゾルデは甘噛みをするようにのくちびるを噛む。ゾルデ自身に触覚がないから、快楽もない。これはただただ、に汚辱を味合わせるための儀式だ。
くちびるを食み、撫で、舌で舐め上げる。口内に舌を差し入れ、闇の力を送り込む。皮膚が破けて血が出ても構わない。
「んっ……ふう、あ、あぁ……!」
の瞳が泣きそうに潤んだ。神よ、と舌が震えるのがわかる。
居もしない存在にすがる様はなんとも憐れだ。ゾルデのアンデットとしての嗜虐心を刺激させる。
ややあって舌を引き抜く。は肩で息をし、一筋涙をこぼした。
「いつか必ず、あなたがたを打ち倒す者が現れます。あなたの蹂躙もそこまでよ、屍鬼軍王」
「まださようなことを」
「あなたなんか、必ず、必ずホメロス様とグレイグ様が……」
鼻を鳴らしながら歯を食いしばって睨みつけるに、声を上げて嗤いたくなった。
なんと耳に心地いいのだろう。必死に闇を振りほどき、光に固執しても、全く無駄な抵抗だと言うのに。
が慕うホメロスは、デルカダール国を壊した張本人だ。魔王の寵愛を受け、ゾルデを率いる魔軍司令だ。グレイグは最後の砦で戦っているものの、許可さえ下りればいつでも殺せる。
光に落ちたはそんなことにも気づかない。知らない。ただただ光に汚れた無垢さで、救いを信じている。
――そんなもの、この世界にありはしないのに。
これだからたまらない。ゾルデは思う。
この者が、清らかな闇に染まる姿を見たい。
魔軍司令ホメロスもまた、同じことを考えを探しているのだろう。己の闇に染め上げたい、と。
知ったことではなかった。魔軍司令になど渡せない。闇に閉じ込め、を吸い尽くすのはゾルデだ。
英雄グレイグがこの城に到達し、ゾルデが殺したら。
軍師ホメロスが魔軍司令として暗躍していることを教えたら。
目の前でそれらを見せつけたら、はどんな反応をするだろう。その瞬間、澄んだ目はついに濁るだろうか。
光が消え失せ、心が壊れる瞬間が見たい。
ゾルデは深い闇のなかで嗤い、腕のなかの美しい者を抱きしめた。
2017/09/26:久遠晶
アンケートコメントよりゾルデ夢です。ゾルデVSホメロスだったのにゾルデ単品になってしまって申し訳ないです。
ゾルデさん、3DSだとヤンチャで楽しそうなイメージですが、PS4だと「光を癒しましょうぞ」で恭しく礼をするのがめっちゃくちゃかっこよくないですか!?
右目にはめこまれているものは闇のオーブなのか、どうなのか……なぞ……。わくわく……。
こんな感じでよかったでしょうか? すこしでもお楽しみいただければ幸いであります。
試験中。もしいいね!と思っていただけましたら送っていただけると励みになります!